出発して、すぐに丸太の階段を急登して間もなく尾根に乗ります。この尾根は樅の木が多いです。見渡す限り、樅だらけです。しばらくして左に鹿柵の跡が現れて503メートルの小ピークに至ります。左はヒノキの植林、右は雑木林で、アセビの木が目立ちます。
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1/26 7:42
出発して、すぐに丸太の階段を急登して間もなく尾根に乗ります。この尾根は樅の木が多いです。見渡す限り、樅だらけです。しばらくして左に鹿柵の跡が現れて503メートルの小ピークに至ります。左はヒノキの植林、右は雑木林で、アセビの木が目立ちます。
ひと登りして傾斜が緩むと傾斜が緩んで575メートル地点。左に折れて行きます。
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1/26 7:51
ひと登りして傾斜が緩むと傾斜が緩んで575メートル地点。左に折れて行きます。
壊れた鹿柵に沿ってなだらかな道を進んでいくと、辺室山は、すぐそこです。
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1/26 8:01
壊れた鹿柵に沿ってなだらかな道を進んでいくと、辺室山は、すぐそこです。
辺室山の山頂は広いです。
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1/26 8:07
辺室山の山頂は広いです。
今日は明るい山頂です。まだ雲もありますが、青空が広がります。辺室山は第15行所の「児ヶ墓」で、ここは大山修験が稚児を葬った伝承があります。
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1/26 8:24
今日は明るい山頂です。まだ雲もありますが、青空が広がります。辺室山は第15行所の「児ヶ墓」で、ここは大山修験が稚児を葬った伝承があります。
「かながわ山紀行」(植木知司、神奈川新聞社)によると、新編相模国風土記稿には「辺宝山」と記されていますが、いつしか「宝」が「室」に変わり辺室山と呼ばれるようになったそうです。
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1/26 8:08
「かながわ山紀行」(植木知司、神奈川新聞社)によると、新編相模国風土記稿には「辺宝山」と記されていますが、いつしか「宝」が「室」に変わり辺室山と呼ばれるようになったそうです。
修験者は不動沢の谷で滝行を終えた後、大山三峰山にまっすぐ向かわず、物見峠からいったん辺室山に寄ることになっています。
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1/26 8:27
修験者は不動沢の谷で滝行を終えた後、大山三峰山にまっすぐ向かわず、物見峠からいったん辺室山に寄ることになっています。
私は逆に辺室山から物見峠に向かいます。急なくだりはすぐに緩やかになり、登りに変わって丸太階段の急登になります。登って641メートルの小ピークに着きます。
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1/26 8:27
私は逆に辺室山から物見峠に向かいます。急なくだりはすぐに緩やかになり、登りに変わって丸太階段の急登になります。登って641メートルの小ピークに着きます。
ここを下り、宮ケ瀬尾根に合流して再び登ると、物見峠に着きます。
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1/26 8:33
ここを下り、宮ケ瀬尾根に合流して再び登ると、物見峠に着きます。
物見峠に到着。ここは十字路で、南は大山三峰山、東は煤ケ谷、唐沢林道に降りて西へ進めば一ノ沢峠から札掛に行けます。
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1/26 8:34
物見峠に到着。ここは十字路で、南は大山三峰山、東は煤ケ谷、唐沢林道に降りて西へ進めば一ノ沢峠から札掛に行けます。
「かながわの峠」(植木知司、神奈川新聞社)には「江戸時代、東丹沢の御用木は札掛から一ノ沢峠と物見峠の二つの峠を越えて煤ケ谷に運びだされた。(中略)当時の物見峠越えは、原生林と渓谷の難所だった」
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1/26 8:34
「かながわの峠」(植木知司、神奈川新聞社)には「江戸時代、東丹沢の御用木は札掛から一ノ沢峠と物見峠の二つの峠を越えて煤ケ谷に運びだされた。(中略)当時の物見峠越えは、原生林と渓谷の難所だった」
丸太の階段を昇りつめて784メートルの小ピーク。ここが第14行所の「五大尊獄」です。
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1/26 8:48
丸太の階段を昇りつめて784メートルの小ピーク。ここが第14行所の「五大尊獄」です。
なだらかな登りがしばらく続くと標高800メートルになります。ここが第16行所「金剛童子獄」です。
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1/26 8:48
なだらかな登りがしばらく続くと標高800メートルになります。ここが第16行所「金剛童子獄」です。
右に崩壊地を見て緩やかに下ります。日当たりが良く、アセビの木が目立ちます。
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1/26 9:02
右に崩壊地を見て緩やかに下ります。日当たりが良く、アセビの木が目立ちます。
道が登りに変わり、しばらく歩いていきます。
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1/26 9:08
道が登りに変わり、しばらく歩いていきます。
ベンチと道標がある標高800メートル地点。ここが第17行所「釈迦獄」です。
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1/26 9:13
ベンチと道標がある標高800メートル地点。ここが第17行所「釈迦獄」です。
平らな広場でゆっくりできます。
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1/26 9:13
平らな広場でゆっくりできます。
突き上げるような急登を登ります。露岩の斜面を登っていきます。第18行所の「阿弥陀獄」です。ここから鎖場や桟道が多く、狭い岩稜のアップダウンが続きます。
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1/26 9:22
突き上げるような急登を登ります。露岩の斜面を登っていきます。第18行所の「阿弥陀獄」です。ここから鎖場や桟道が多く、狭い岩稜のアップダウンが続きます。
第19行所の「妙法獄」です。ここから急下降し、また急な鎖場を登り返します。
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1/26 9:30
第19行所の「妙法獄」です。ここから急下降し、また急な鎖場を登り返します。
最高峰の標高935メートルの南峰に着きます。
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1/26 9:34
最高峰の標高935メートルの南峰に着きます。
ここが第20行所「大日獄」です。石仏があります。
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1/26 9:35
ここが第20行所「大日獄」です。石仏があります。
小休止後、南峰から先に進みます。まだまだ岩稜は続きます。
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1/26 9:35
小休止後、南峰から先に進みます。まだまだ岩稜は続きます。
鎖を急登していきます。
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1/26 9:44
鎖を急登していきます。
七沢山の山頂に出ます。
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1/26 9:46
七沢山の山頂に出ます。
斜面は崩れ、岩が露出し、倒れた木は根をあらわにしています。
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1/26 9:50
斜面は崩れ、岩が露出し、倒れた木は根をあらわにしています。
七沢山から急下降すると、傾斜がゆるみ「三峰山0.7km」の道標から登山道は尾根を外れて不動尻に下っていきます。880メートル地点に東側の眺望の良い場所があります。
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1/26 9:54
七沢山から急下降すると、傾斜がゆるみ「三峰山0.7km」の道標から登山道は尾根を外れて不動尻に下っていきます。880メートル地点に東側の眺望の良い場所があります。
少しだけ景色を眺めます。
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1/26 9:56
少しだけ景色を眺めます。
山と高原地図で道迷いポイントになっている場所です。ヤマレコの踏み跡を見ても、みなさん直進して西側斜面に進んでいるようです。正確には、ピーク(といってもなだらかな丘ですが)の上で南に向きを変えるのが正解です。
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1/26 10:00
山と高原地図で道迷いポイントになっている場所です。ヤマレコの踏み跡を見ても、みなさん直進して西側斜面に進んでいるようです。正確には、ピーク(といってもなだらかな丘ですが)の上で南に向きを変えるのが正解です。
865メートル地点の小ピークです。ここが第21行所「不動獄」です。
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1/26 10:06
865メートル地点の小ピークです。ここが第21行所「不動獄」です。
まっすぐ進んで急下降すると、尾根が広がり、上りに変わります。枝越しに大山の山頂が見えると唐沢峠に着きます。八菅の修験の道はここを広沢寺温泉へ進んで不動尻青少年キャンプ場の跡地があり、その南斜面が第22行所「聖天獄」があります。修験の道は、広沢寺温泉へ下り、再び大沢川を登っていきますが、私はこのまま大山に直行します。
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1/26 10:13
まっすぐ進んで急下降すると、尾根が広がり、上りに変わります。枝越しに大山の山頂が見えると唐沢峠に着きます。八菅の修験の道はここを広沢寺温泉へ進んで不動尻青少年キャンプ場の跡地があり、その南斜面が第22行所「聖天獄」があります。修験の道は、広沢寺温泉へ下り、再び大沢川を登っていきますが、私はこのまま大山に直行します。
大山への稜線を仰ぎ見ながらひと踏ん張りします。
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1/26 10:27
大山への稜線を仰ぎ見ながらひと踏ん張りします。
893メートルの小ピークが第28行所「明星獄」です。いよいよ八管の修験の道のラストスパートになります。
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1/26 10:27
893メートルの小ピークが第28行所「明星獄」です。いよいよ八管の修験の道のラストスパートになります。
989メートルの小ピークに到着。
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1/26 10:38
989メートルの小ピークに到着。
土が流れて段差の大きい階段をしばらく急登していきます。
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1/26 10:38
土が流れて段差の大きい階段をしばらく急登していきます。
雷ノ峰尾根に到着。見晴台への分岐です。ここで丸太階段を上っていきます。大山山頂までもう一息です。
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1/26 10:52
雷ノ峰尾根に到着。見晴台への分岐です。ここで丸太階段を上っていきます。大山山頂までもう一息です。
大山は古くから信仰の山でした。山頂には阿夫利神社の本社、前社、奥社が建ち「本宮・石尊」が八菅第29行所です。かつて本社には石尊大権現が祀られていたそうです。「石尊」とは神々が降臨すると信じられていた山頂の霊石に由来します。
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1/26 11:05
大山は古くから信仰の山でした。山頂には阿夫利神社の本社、前社、奥社が建ち「本宮・石尊」が八菅第29行所です。かつて本社には石尊大権現が祀られていたそうです。「石尊」とは神々が降臨すると信じられていた山頂の霊石に由来します。
私はここで、タンメンを作って食べることにしました。
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1/26 11:15
私はここで、タンメンを作って食べることにしました。
山頂からは、富士山が奇麗に見えます。
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1/26 11:43
山頂からは、富士山が奇麗に見えます。
下社が八菅最後の行所、第30行所の「不動堂」です。
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1/26 12:11
下社が八菅最後の行所、第30行所の「不動堂」です。
明治初期の廃仏毀釈・神仏分離で大山寺の名は廃され、阿夫利神社下社となったといいます。
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1/26 12:14
明治初期の廃仏毀釈・神仏分離で大山寺の名は廃され、阿夫利神社下社となったといいます。
女坂の途中にある今の大山寺は大正初期に復活し、大山不動の名で親しまれています。
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1/26 12:22
女坂の途中にある今の大山寺は大正初期に復活し、大山不動の名で親しまれています。
多くの車で混雑する駐車場に、今も昔も人を惹きつける大山の魅力の多さに感心しました。
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1/26 12:35
多くの車で混雑する駐車場に、今も昔も人を惹きつける大山の魅力の多さに感心しました。
大山こまのモニュメントをしばらく眺めてから帰路につきました。
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1/26 12:35
大山こまのモニュメントをしばらく眺めてから帰路につきました。
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