北陸
二曲城跡
最終更新:hiroslin
基本情報
| 場所 | 北緯36度21分26秒, 東経136度36分03秒 |
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| 展望ポイント |
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山の解説 - [出典:Wikipedia]
二曲城(ふとげじょう)は、石川県白山市出合町にあった日本の城(山城)。川の対岸にある鳥越城の附(つけたり)として国の史跡に指定されている。府峠城とも言う。この地は白山麓門徒の指導者であった鈴木氏の本拠で、城は鈴木氏の館の背後にある詰城であった。
城は大日川の河畔にある標高267メートルの独立峰城に築かれており、山頂が削平されていて郭となり、尾根上にも郭と堀がある。
天正8年(1580年)、柴田勝家が加賀に侵攻した際、当時のニ曲城主であった若林長門守は本領安堵を条件に臣従すると勝家に使者を送り、了承された。しかし、その後、長門守の父子3人が勝家の本陣を訪れた際、だまし討ちにあい、討ち取られた。その後、同様にだまし討ちされた鳥越城の鈴木重泰父子4人と共に、その頸が織田信長の安土へ進上された。
1582年(天正10年)に一揆衆が城を奪還した。しかし数か月後には再度落城し、一揆衆300人余りが処刑され一揆衆の抵抗は終わった。


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