記録ID: 49401
全員に公開
無雪期ピークハント/縦走
奥秩父
和名倉山
2009年10月10日(土) 〜
2009年10月12日(月)


- GPS
- 56:00
- 距離
- 35.3km
- 登り
- 1,957m
- 下り
- 2,617m
コースタイム
10/10 三ノ瀬登山口発9:58→牛王院下10:27→ムジナの巣10:43→11:25将監小屋12:21→山の神土12:41→御殿岩分岐13:04→御殿岩13:19→御殿岩分岐13:34→山の神土13:57→牛王院1860mピーク14:17→将監小屋14:36
10/11 将監小屋発6:06→山の神土6:30→東仙波7:36→川又分岐8:43→和名倉山9:09→9:28千代蔵ノ休場9:44→10:55東仙波11:53→山の神土12:46→13:40将監小屋
10/12 将監小屋発5:03→縦走路合流点5:18→ハゲ岩7:05→(カメラ回収のため引き返し)大ダワ7:22→ハゲ岩(再)7:46→飛竜権現8:00→前飛竜?8:25→熊倉山9:17→サオラ峠9:48→10:22丹波天平10:42→登山口(丹波小学校裏)11:30
10/11 将監小屋発6:06→山の神土6:30→東仙波7:36→川又分岐8:43→和名倉山9:09→9:28千代蔵ノ休場9:44→10:55東仙波11:53→山の神土12:46→13:40将監小屋
10/12 将監小屋発5:03→縦走路合流点5:18→ハゲ岩7:05→(カメラ回収のため引き返し)大ダワ7:22→ハゲ岩(再)7:46→飛竜権現8:00→前飛竜?8:25→熊倉山9:17→サオラ峠9:48→10:22丹波天平10:42→登山口(丹波小学校裏)11:30
過去天気図(気象庁) | 2009年10月の天気図 |
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アクセス | |
コース状況/ 危険箇所等 |
約3ヶ月前の7月6日、両神山に敗退した俺にとっては「復活第一戦」となる山行。一応体重は当時より14kgほど減らしたが、果たしてまともに山に登れる体になったのか。 今回はあまり無理をせず、累計高低差の少ないコースを設定した。 もちろん、そういう「スペック」だけで選んだコースではなく、和名倉山という山、将監小屋という思い出あるキャンプ地の再訪(2003年の奥秩父主脈縦走時に泊まって、非常に印象が良かったのだ)、地形図に記された謎の土地「丹波天平(たばでんでいろ)」など、自分にとって興味のある物件をちりばめたコースでもある。 |
写真
出発日の10月10日は、その直前に日本を直撃した台風18号の後の「台風一過」の晴天も長続きせず、今にも降り出しそうな曇り空。塩山駅からベテランドライバー氏の駆るタクシーで、登山口の三ノ瀬集落へ。田舎出身の俺ですら驚くほどの僻地である。入念に体をほぐし、出発。
登山口から将監峠までは一応「登山道」の扱いだけど、実際には軽自動車程度が通れるサイズの林道。実際、峠付近に建つ将監小屋の小屋主氏も自動車を使って行き来しているようだ。当然、傾斜もそれほど強くはない。
タクシードライバー氏によると「今年は紅葉は良くない」とのことだったが、元々それほど紅葉に興味の無い俺にとっては「そういうものなんだ」という感じで、途中ちょっとばかし紅葉している木々を眺め「秋だなぁ」などと思いながら淡々と登っていると、ぱらぱらと雨。
久しぶりに訪れた将監小屋は、当たり前だが前に来たときと同じ青の塗装で、脇に泊められた軽トラ、うなりを上げる自家発電機、煙突から吐き出される煙などが、「山の生活」を感じさせてほっとする。人気の山小屋だと、「山の生活」じゃなくて「山の商売」を感じてしまうからなぁ。
テイパックに必要最低限の荷物のみ詰め込み、身軽になって登り始める。将監峠、牛王院平、山の神土あたりは、穏やかな地形と風景で、一見すると人界から隔絶されたかのような深山にいきなり郊外のキャンプ場のような(?)親しみやすい風景が登場する、奥秩父の魅力の一端が現れたお気に入りの場所だ。
山の神土から20分強で、右手山腹の急な笹ヤブの斜面の中に突っ込む形で踏み跡が伸びているのを発見。小さなトタンの看板が、これが御殿岩(正確には西御殿岩)への入り口であることを指ししめいていた。
最初こそ笹の茎や潅木を捕まえてエイヤっと登るような道だったが、すぐに二本
の足で立って歩ける道になった。と、稜線が近いガレ場に出たときに(先程横切ったガレ沢の上部に当たる)、突然西の空からゴロゴロ…という雷鳴が。おいおい勘弁してくれ…と思いつつ、急いで登って下れば大丈夫!と、歩を早める。
の足で立って歩ける道になった。と、稜線が近いガレ場に出たときに(先程横切ったガレ沢の上部に当たる)、突然西の空からゴロゴロ…という雷鳴が。おいおい勘弁してくれ…と思いつつ、急いで登って下れば大丈夫!と、歩を早める。
ついに稜線上の岩場に出、ゴツゴツした岩肌をよじ登って御殿岩にたどり着いた。雲行きは極めて穏やかでなく、冷たい風が吹き抜ける中、お義理のように四方の写真を撮影後、そそくさとピークを後にする。
雷はさっき一度鳴ったきりだったが、一刻も早く稜線から離れたい気持ちで一杯だった。少し下ったところで2度目の雷鳴。さらに足早に(とはいえ足場は悪いので慎重に)戻り、メインルートとの合流点に戻れたときはほっと一息。
牛王院のピークから草原を眺めながらしばらく休憩して、将監小屋のわがテントに戻った。
戻ってみると、テントは2張に増えており(この後さらに1張増え、合計3張に。くしくも2003年に幕営したときとまったく同じ数と配置であったw)、隣のテントの単独行の男性としばし会話した後、山の楽しみことテント内引きこもり生活を満喫した。
戻ってみると、テントは2張に増えており(この後さらに1張増え、合計3張に。くしくも2003年に幕営したときとまったく同じ数と配置であったw)、隣のテントの単独行の男性としばし会話した後、山の楽しみことテント内引きこもり生活を満喫した。
その夜は結構冷え込んだ。夜の冷え込みは翌朝の晴れを予感させる。朝5時過ぎに目を覚ました頃にはまだ薄暗くて天気は良く分からなかったが、日が出てくると上空は雲ひとつ無い空だということがわかった。
朝食をとり、準備運動をしていると、件の隣のテントの男性が、一足先に出発していった。俺と同じく、和名倉山までを往復するそうだ。テントなどはその場にデポして必要な物品のみザックに詰め込み、俺も出発。大気が冷たいが日光が早くもさんさんと降り注ぐので気持ちいい。6年前の縦走時にはついぞ見れなかった、奥・奥秩父の快晴を心行くまで味わえそうだった。
ニホンジカの姿など見つつ、山の神土までは昨日と同じルート。そこからは右手の分岐に入っていく。最初は山腹を巻くルートで足場が若干悪い、というより狭い。笹の茎に足を滑らせそうになりながらトラバース状の道をしばらく行く。ときおり木立が途切れ、右手に視界が開ける。リンノ峰を巻いた先、西仙波の手前で右手を見ると、巨大な富士山がきれいに姿を現していた。
西仙波は岩がちなピーク上をコースが横切っているが、知らないうちにルートを外し、南側山腹を巻いてしまった。細い踏み跡もあったので同じように巻いてしまう人も多いのだろう。周囲は笹原で見通しがいいのですぐに本来のコースに合流できたが注意が必要だ。
東仙波は西仙波から中程度の傾斜の尾根を数分も登ると到着する。尾根はさらに前方に延びているがそちらには登山道は無く立ち入り禁止のロープが張られている。とはいえ一つとなりの小ピーク(地形図に標高記載なし)ぐらいまでなら難なく往復できそうだった。
東仙波は西仙波から中程度の傾斜の尾根を数分も登ると到着する。尾根はさらに前方に延びているがそちらには登山道は無く立ち入り禁止のロープが張られている。とはいえ一つとなりの小ピーク(地形図に標高記載なし)ぐらいまでなら難なく往復できそうだった。
やがて岩がちな痩せ尾根に変わると、かつて林業に使われていたと思われるワイヤーが打ち捨てられている。この先和名倉山の山頂にいたるまでずっと、この廃ワイヤーがいたるところに転がっているのを見る。
今じゃ絶対にありえないけど、かつてはこんな山奥に、これだけのインフラを投下するほどに林業というのが大切な産業だった時代もあるのだな…と思いを馳せつつ道を辿る。いつしかアップダウンは少なく、足元も安定した逍遥的な道になる。
突然尾根の幅が広くなり、開けた場所にでる。ガイドブックには八百平(やおだいら)として記載されているポイントだ。ここは、気分がいいので開けた場所をスタスタと直進してしまったのだが、踏み跡が消失し、周囲に赤テープも見つからないので、引き返してしばらくルートを探すことになった。実際には、コースは和名倉山方面に向かって左手(西側)樹林の中へと続いていた。
川又分岐を過ぎると和名倉山への登りが始まる。見通しがよい尾根道なので安心感があるが、踏み跡を外さないように注意しなければならない。やがて、右方向和名倉山、直進すると二瀬に下りることを示す標識に行き当たる。もちろん右手へ。このあたり、道形は地形図の破線とは異なるようだ。まもなく、急な傾斜地に開けた千代蔵の休ン場に出る。
ここで、先発した単独男性が休憩していたので挨拶をかわし、さらに奥の和名倉山頂へ。山頂直下にしてはあまり登行感の無いダラダラした斜面を上り、常緑樹に囲まれた狭い踏み跡(ここまで来るとほぼ水平だ)へ突入するとまもなくで山頂だ。ガイドブックにあるとおり「昼なお暗い」という表現がぴったりな山頂。
帰りは、行きと同じコースを戻るだけだ。川又分岐の付近で若い男性2人組みのパーティとすれ違った。テント泊と思われる重装備だったので、どこかで一泊して秩父側へ降りるバリエーションルートを進むのかもしれない。
時間にはかなり余裕があったので、途中、東仙波で昼食を含め1時間ほどのんびりした。山の神土にまで戻ってくれば今日のアルバイトは終わったも同然。牛王院平付近では、中高年男女多数のパーティがレジャーシートを広げてのんびり昼食をとっていた。三ノ瀬からの日帰りピクニックといった風情だった。
昨日同様、牛王院平付近でダラダラしつつ、それでも14時前にはテント場に帰着。この日は昨日より客が少なく、テントは自分一張りだった。夜中には鹿のピィッ!っという鳴き声が何度か聞こえた。それと、夜中まで小鳥のピピピピピ…という鳴き声がテントの周囲で飛び回っていたのだけど、何だったのだろう…。
翌朝は早立ちのため3時起床。飯を食いつつ空の様子を伺うと、どうもどんよりとしているようだった。良く見ると小屋周辺の森にもガスがかかっているようだ。日の出前の5時、ヘッドランプをつけて出発。
小屋から飛竜山の肩にある飛竜権現までは、6年前の縦走時にも歩いたコースだ。メインの縦走路に復帰するまでは、きつい傾斜の道。昨日と違ってテントやシュラフまで含んだフル装備なので脚にずしりと荷物の重さが感じられる。
小屋から飛竜山の肩にある飛竜権現までは、6年前の縦走時にも歩いたコースだ。メインの縦走路に復帰するまでは、きつい傾斜の道。昨日と違ってテントやシュラフまで含んだフル装備なので脚にずしりと荷物の重さが感じられる。
20分ほど、意外と長い時間をかけてメインコースに合流すると道は平坦に。徐々に明るくなってきたのでヘッドランプはOFFにするが、ここから「大ダワ」と呼ばれる地点までの間は、まさに「単調」という言葉がふさわしい変わり映えのしない道だ。傾斜が無いのはいいのだが、決して足元が良くなく、コースをふさぐように横たわった岩を何度か越えなければならないので、なかなか面倒。そして無数に感じられるほどたくさんの尾根を回りこむようにして行くので、いつしか「タヌキに騙されて無限ループの中を歩かされているのでは…」と疑ってしまうような代わり映えのなさだ。
ここから一気に傾斜が増し。急登と言っていい状態になる。重い荷物にあえぎながら30分ほど登ると、ハゲ岩の標識に行き当たる。展望が利く露岩らしいが、今朝からずっとガスが立ち込めていて展望など期待できないな、でも一応証拠写真だけでも…と思い、カメラを納めているウェストポーチを探ると…あれ、無い…。もちろんザック本体の中にも無い。可能性は一つしかない。さっき休憩した大ダワに置いてきたのだ。
すでに急傾斜を30分、高度差150mほど登っている。引き返すのは時間的にも体力的にもロスが大きいが…背に腹は変えられない。ザックをデポして、片手に水筒だけを持って、カメラを取りに引き返すことにした。行きは半走りで17分ほど、カメラを大ダワで無事回収してからは23分ほどでハゲ岩に戻ってきた。40分のロスにショボーンとしながらもハゲ岩からの一面真っ白な「展望」をしばし鑑賞して歩行再開。
ハゲ岩からものの2〜3分で、飛竜権現に到着。大げさな名前だけど、小さなほこらが鎮座しているのみ。飛竜山へはここから20分ほどだけど、6年前に訪れたし、特に展望も無い山頂だとわかっているのでスルー。主脈縦走路から分かれ、サオラ峠へ続く尾根へと入っていく。
地形図から予想はしていたが、しょっぱなからヤセ尾根上の急激な下りで始まる。ときおり四つんばいの姿勢になりながら標高で100mほど下ると再び登りとなり、いくつかピークを越えて行くが、どれかが前飛竜の山頂のはず…なのだが、標識も特に無く判然としなかった。
「サヲウラ峠」(サオラ峠のことは地元ではこう呼ぶのか?)を示す標識が出現すると、ふたたび急激な下りとなる。折からのガスがからんで岩肌が湿っているのに加え、大荷物を背負っているので降りにくいこと甚だしい。どこかで、サオラ峠へ降りる尾根と、岩岳へ続く尾根が分岐するはずで、この分岐を間違うとえらいことになるので注意していたのだが、なかなか分岐は見つけられず、地形図から読み取れる以上に下りすぎている気がして不安になった。相変わらずの激坂を下っていると、前方にこんもりした小ピークが見えた。こんなピークはサオラ峠方面の尾根には(地形図上は)無いはず…不安になり、ひさしぶりにコンパスを取り出した。うろ覚えで適当に整置を行い、自分が下っている尾根は東南方面へ降りていることが確認でき、ほっと安心(岩岳方面の尾根は南西に下っているので)。
さて、サオラ峠からは直接丹波に下ることもできるが、今回の旅の「表」の目的が和名倉山だとすると「裏」の目当てであるところの丹波天平(たばでんでいろ)へはここから目測30分程度である。怪しげな地名と、地形図から推し量ることができる山上の平地のまだ見ぬ姿に惹かれ、稜線上を東へ向かった。
途中ひとりのハイカーとすれ違ったほかは人の姿もなし。突然、森が開け、草原の中に枯れた野蒜と一本の木が立つ場所に出た。背後には積乱雲を立ち上らせた青空。異様な風景だ。見た瞬間「ラピュタ?」とつぶやいてしまった。
途中ひとりのハイカーとすれ違ったほかは人の姿もなし。突然、森が開け、草原の中に枯れた野蒜と一本の木が立つ場所に出た。背後には積乱雲を立ち上らせた青空。異様な風景だ。見た瞬間「ラピュタ?」とつぶやいてしまった。
目指す丹波天平はもう少し先だ。前後左右どちらを見ても、ほとんど傾斜が無くどこまでも落葉した森が広がっている、異世界的な風景。丹波天平を示す標識があったのでそれにしたがって右折すると、ほんのささやかなピークがあり、そこが峰としての丹波天平(1343m)の山頂らしかったが、単に平坦な台地の中に少し土を盛ってみました、といった感じである。とりあえずここら一帯の平坦地が「丹波天平」ということになっているのだろう。
適当に腰を下ろして、朝テントで作ってきたアルファ米の五目おこわを食べる。当然のことながらすっかり冷えていたが、おにぎりだと思えば十分美味い。と、はるか前方の木々の間に、うごめく物体が。俺が気づいたすぐ後に向こうもこちらに気づいたようで、こちらを向いて立ち止まり、何かを確かめるように左右に首をめぐらせている…目測で300mくらい離れているので正体はよくわからなかったが、歩き方などからすると犬のように見えた。少なくとも熊や鹿ではない。
適当に腰を下ろして、朝テントで作ってきたアルファ米の五目おこわを食べる。当然のことながらすっかり冷えていたが、おにぎりだと思えば十分美味い。と、はるか前方の木々の間に、うごめく物体が。俺が気づいたすぐ後に向こうもこちらに気づいたようで、こちらを向いて立ち止まり、何かを確かめるように左右に首をめぐらせている…目測で300mくらい離れているので正体はよくわからなかったが、歩き方などからすると犬のように見えた。少なくとも熊や鹿ではない。
念のため警戒し、今回の山行では一度も出番がなく、単なるデッドウェイトだったストックをカバンから引っこ抜き、いざというときのせめてもの武器として使えるよう準備。その上で手を叩き「おーい!」と声を上げてこちらの存在をアピールする。しばらく様子を伺っていたその物体だが、やがて俺への興味を失ったように、右手の樹林の中へ消えていった。
さすがにちょっとここで大休止をするほど度胸は無かったので、休憩は切り上げ、すぐそばに建っていた「丹波」への道標にしたがって下り始める。
さすがにちょっとここで大休止をするほど度胸は無かったので、休憩は切り上げ、すぐそばに建っていた「丹波」への道標にしたがって下り始める。
さて、あまりに平坦な地形に忘れそうになるが、ここはまだ1300m以上の山の上だ。下山口の丹波は約650m。ちょうど半分の650m分を下降しなければならない。道は山腹をジグザグ状に付けられていて、とくに歩きにくいことも無いのだが、なにしろずーっと一定の傾斜で下り続けるものだから、膝に常に負担がかかるのがツライ。なんどか立ち止まるたびに膝が笑っているのがわかった。
結構下ると、下方からチェーンソーの音が聞こえてきた。チェーンソーの音自体は山中で特に珍しいものではないが、このときは登山道のすぐ脇で伐採作業をしていて、自分の先方約100m程度のところで、斜面上から登山道をふさぐような形で「ズシーン!」と杉が倒れてきた。こええ。そこで作業している人が俺に気づき、手を止めて通過を待ってくれた。礼を言いつつ伐採作業現場を通過した。
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