熊野古道伊勢路(本宮道)

- GPS
- 12:21
- 距離
- 61.3km
- 登り
- 2,008m
- 下り
- 2,092m
コースタイム
- 山行
- 4:31
- 休憩
- 1:19
- 合計
- 5:50
- 山行
- 5:53
- 休憩
- 1:03
- 合計
- 6:56
| 天候 | Day1:晴 Day2:風伝峠より北が曇(山腹で霧)、風伝峠より南が晴 |
|---|---|
| 過去天気図(気象庁) | 2023年12月の天気図 |
| アクセス |
利用交通機関:
電車 バス
復路:JR紀勢本線熊野市駅。新宮方面へ向かう場合は、熊野市駅前2番乗り場から三重交通バス13系統新宮駅行きも利用可能。 |
写真
感想
熊野古道をたどる旅はいよいよ伊勢と熊野を結ぶ伊勢路に入りました。第1弾は、熊野本宮大社と熊野市・花の窟神社を結ぶ本宮道と、花の窟神社から熊野市駅までの浜街道。そしてちょうど中間地点にある旧紀和町の入鹿温泉ホテル瀞流荘に宿泊する1泊2日約60kmの旅路です。
他の熊野古道ルートと同じく、一部の峠越え区間を除いてほとんどが舗装路で、国道311号や三重県道780号熊野川紀和線、40号熊野矢ノ川線に沿って進む区間が多いです。その中でも特に国道311号沿いに進むことが多く、5月に踏破した中辺路(紀伊田辺駅~熊野本宮大社)の続きとして、三重県側で国道42号と合流するところまでその旧道にあたるようなルートをたどった形になりました。
初日は熊野本宮大社で安全祈願の参拝をしてから出発。大斎原を経由して、8月に復旧した沈下橋を渡ってから国道168号へ。松畑茶屋跡のすぐ先にある中辺路と伊勢路との分岐までは7月に歩いた小雲取越と同じルート。ここから万才峠を経由して志古BSまで下ります。途中1箇所取り付きを見失い、林道をそのまま降りてしまったのは残念でした。志古BSの目の前にはドライブイン瀞峡めぐりの里熊野川がありましたが、中に入っても自由に休憩できる場所が特になくてすぐ出発。国道168号を少し南下したところにあるベンチで休憩を取ってから、三和大橋で熊野川を渡り三重県へ。まるで林道のような三重県道780号熊野川紀和線をたどりつつ、途中石畳や石段の残る本宮道を経由して夕陽の丘公園まで登り返しました。
当初予定では、公園の少し先から瀞流荘へ直接下りるルートを辿る予定でしたが、想定よりかなり早い到着だったことと、明日の予定上、鉱山資料館や道の駅がオープンするより早く旧紀和町を出てしまうため、ルート変更して道の駅熊野・板屋九郎兵衛の里へ向かうこととしました。道の駅では熊野地鶏や丸山千枚田で採れたお米など地元物産が色々が販売されており、買って帰りたいところを我慢。隣の熊野市紀和鉱山資料館では、紀和町の歴史や銅鉱山として栄えた際の技術や史料が非常に勉強になりました。
資料館見学後は宿泊地・入鹿温泉ホテル瀞流荘へ。北山川のほとりに立つ静かな宿で、温泉の良さもさることながら、プランの奥熊野会席では道の駅で見た熊野地鶏の料理や丸山千枚田で採れたお米(なついろという品種)、勝浦産のもっちりした鮪に熊野産の新姫熊野鯛のお造りなど、量も質も充分な食事も堪能できました。
2日目の朝は曇り模様。気象予測では晴れのはずなので旧紀和町の盆地に溜まった低い雲と判断し、「風伝おろし」に少し期待をしつつスタートしました。この日も当初からルートを変更して、丸山千枚田を近くで見ようと、丸山千枚田の中を経由して通り峠登り口(北)から展望所、登り口(南)、風伝峠へ抜けるルートを選択。これが天候と相まって吉と出ました。
丸山千枚田はいつから出来たか不明なものの1601年には2,240枚の田があったそうです。明治期には2,483枚まで達したそうですが、その後衰退し減少したものの、地元の皆さんが平成5年から保全活動を行なって今は1,340枚まで復活しているそうです。日本の棚田100選にも選ばれています。
近くから見てもその急斜面に幾重にも重なる棚田は圧巻で、機械化も難しそうな歪な形状の田を今も守り続けられている皆さんには頭が下がります。
その様子をもっと高いところから見ようと展望所に行きましたが、朝からの低い雲が旧紀和町の盆地に綺麗に蓋をしたように雲海となっており、棚田の姿の代わりに絶景の雲海を拝むことができました。
続く風伝峠は、秋から春にかけて「風伝おろし」という南東側の麓の御浜町の風物詩が発生する場所で、「風伝おろし」は風伝峠の北の紀和町で発生した霧が風によって山の谷間の風伝峠を越え、御浜町へ塊のまま山肌を流れ落ちる現象です。朝7~8時が一番良いらしく、お昼前では本当に申し訳程度でした。この麓には「尾呂志」という地名が学校名や河川名に残っており、やはり風伝おろしと何か関係があるのかなと思います。
この旅最後の峠越えは横垣峠。横垣峠からは七里御浜の向こうに熊野灘も見え、いよいよゴールが近くなったと実感します。
横垣峠から下り、途中で国道311号に別れを告げて産田神社、そしてその先の花の窟神社へ。産田神社はさんま寿司発祥の地だそうです。花の窟は、神々の母である伊弉冊尊(イザナミノミコト)が火神・軻遇突智尊(カグツチノミコト)を産み、灼かれて亡くなった後に葬られた御陵とのことで、日本書紀に登場する日本最古の神社とのこと。岩窟上45mほどの御神体から境内南側の松の御神木に渡される大綱はなかなかのものでした。
道の駅熊野・花の窟のお綱茶屋で休憩した後は、七里御浜に並走する国道42号で獅子巌を経由して熊野市駅へ。少し浜辺に出ましたが、ここは砂浜ではなく砂利浜で、ひとつひとつの砂利も大きなものでした。浜街道の回ではもっと堪能できるかなと思います。
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マオ











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