岡山県玉野市 滝城跡〜加茂神社〜鬼入道山〜鴨川+児島湖



- GPS
- 04:02
- 距離
- 9.0km
- 登り
- 357m
- 下り
- 353m
コースタイム
- 山行
- 3:09
- 休憩
- 0:54
- 合計
- 4:03
歩行距離9km、歩行時間3時間、歩行数14,400歩、消費カロリー920Kcal
天候 | 晴れ後曇り |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2025年02月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
|
コース状況/ 危険箇所等 |
危険箇所はありません。鬼入道山(きにゅうどうやま)<写真24,25>西南西の標高180m手前からヤブに入りましたが、カラスザンショウ<写真23>に気を付けて歩けば大丈夫です。滝城北西端の曲輪<写真13>から加茂神社南の祠<写真14>までは道ではありませんが、木の間をどこでも歩けます。 五十猛(いそたけ)神社<写真02〜05>から淡島 (あわしま)神社<写真06,07>を経て金毘羅宮<写真08>までは土の参道できれいです。 防獣柵が3か所あり、棒を引き抜くタイプと水色の太い針金を抜くタイプの2種類でしたが、どちらもすぐに開閉できました。 滝城北西端の曲輪<写真13>から加茂神社南の祠<写真14>を経て藤穴(ふじあな)池<写真22>までは、一部道ではありませんが、木の間をどこでも歩けます。 滝城北西端の曲輪<写真13>は切岸が急で、ピンクテープもなくなりましたが、この南南西がなんとなく細道のように見えて下りやすかったので、そこから下りました。意外にもヤブはなく、木の間をどこでも歩けました。たまに傾斜が急な所は木を掴めるので大丈夫です。 標高75m辺りで竹林になってくると、下に、矢止中(やどめなか)池<写真19>が見えてきました。標高65m辺りで北西に進路を変えましたが、竹の間は緩やかで歩きやすく、最後に少し急な箇所で木を掴むくらいですみ、ピンポイントで加茂神社南の祠<写真14>に出てきました。北側のまたげる幅の溝には水がなく、ちゃんと小さな橋が架かっていました。 加茂神社<写真15〜18>から東北東の矢止(やどめ)池まではコンクリート道です。池畔の土道を歩いてみましたが、やはり生き物の気配はなく、引き返しました。この土道はイノシシ用の檻で行き止まりかもしれません。加茂神社から藤穴(ふじあな)池<写真22>までは、標高100mを超えると、コンクリート道は砂利道のようになりました。 藤穴(ふじあな)池<写真22>から鬼入道山(きにゅうどうやま)<写真24,25>までは、ヤブの入口でかき分けたくらいですみましたが、カラスザンショウ<写真23>は要注意です。 藤穴(ふじあな)池<写真22>からは地形図にはない土道が東に延びていました。池の東畔は普通に歩けます。池の北に延びる地形図の実線の道は、標高130m辺りでヤブに突っ込むと、なんとなく道らしきものが見えますが、足元はノイバラのようなつる性のトゲトゲだらけです。斜面に踏み跡らしきものは見えますが、どうやらトゲトゲの間をよじ登らなければならないようなのでやめました。 池の南に延びる地形図の実線の道は、すぐに前方はヤブになりましたが、木を掴んで南斜面を登ると、意外にもまた木の間をどこでも歩けました。下にヤブが見えなくなったところで下りて地形図の実線の道に合流しました。 標高150mを過ぎると西斜面に鉄塔が見え、そちらにピンクテープがありましたが、そのまま土道を少し進みました。土道をキープしてもよかったようですが、西斜面に上がり再び木の間を適当に歩き、地形図の破線の道に出合うと、分岐には長いコンクリートブロックが転がっていました。 地形図の送電線にぶつかる辺りは分岐で、左へと進みました。北斜面を登れば鬼入道山(きにゅうどうやま)<写真24,25>が近かったのですが、やはりトゲトゲの上に枯れたササヤブが続いていたので、諦めて鉄塔巡視路を西へ進みました。枯れたセイタカアワダチソウが体に当たりますが、かき分けずに歩けます。 標高170m辺りで鉄塔に到着しましたが、明瞭な道が見つからず、とりあえず、周辺の草が刈られた所を歩き、標高180m手前でヤブに突入しました。すぐにカラスザンショウ<写真23>が現れましたが、なんとなく踏み跡のように見えました。ここを少し過ぎた所でなぜかカラスザンショウロードとなり、狭い間を通り抜けました。2m程ですみますが、要注意です。 標高185m辺りからまた木の間をどこでも歩けるようになり、すんなり鬼入道山(きにゅうどうやま)<写真24,25>に到着しました。 鬼入道山(きにゅうどうやま)頂上<写真24,25>から東尾根を下りましたが、ここも木の間をどこでも歩けました。途中で南側に道があるのに気づいたのですが、尾根上を普通に歩けたので、標高100m辺りまでは道のない尾根上を歩きました。 ここからは溝状に掘れた道で、標高90m辺りの分岐で右(南側)の道に入りました。標高40m辺りでコンクリート道に出合い左折、小島地八幡宮<写真29〜31>を経て鳥居で左折すると、そこからゴールまではアスファルト道でした。 |
その他周辺情報 | 鬼入道山(きにゅうどうやま)<写真24,25>北北西の備前片岡駅近くに岡山市サウスヴィレッジがあります。園内は9〜17時オープンで火曜定休ですが、時間外も入園は可能です。現在、要予約でいちご食べ放題開催中です。ロードサイドマーケットは8〜17時で年中無休、地元産の野菜などが販売されています。 |
写真
装備
個人装備 |
長袖シャツ
ズボン
靴下(厚手)
防寒具
手袋(防水加工)
軍手
雨具
日よけ帽子とフード
雨用帽子
登山靴(防水加工)
靴ひも予備
ザックカバー
地形図
コンパス
マップケース
筆記用具
タオルハンカチ
カメラ
飲料水(スポドリ&茶)
水筒(保温)
非常食(栄養補助食品)
スマホ(地図アプリ使用)
eTrex22x(GPSナビゲーター)
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感想
【玉野市のアドベンチャーコース】
最近、玉野市を訪問することが増えました。玉野市には、あまり登山者が訪問しない山域ながら、ルートファインディングを楽しめ、史跡や神社などのパワースポットがあり、多種多様な野鳥が棲む所がたくさんあります。
今回のコースは、広岡公園を出発点とし、五十猛(いそたけ)神社〜淡島 (あわしま)神社 〜滝城跡〜加茂神社〜鬼入道山(きにゅうどうやま)〜小島地八幡宮〜正住坊(しょうじゅうぼう)池〜鴨川沿いと、広岡や木目地区ならではの魅力が詰まったコースを歩きました。タイトルで“アドベンチャーコース”と称したのは、このエリアに関する登山道、史跡、生物等の資料があまりなく、出たとこ勝負の要素が強かったからです。純粋に登山と山頂からの展望を楽しむことが山行の主目的である方にとっては、あまり魅力的なコースではないかもしれませんが、冒険心あふれる方にとっては、様々なサプライズを楽しむことができる充実したコースとなります。
今回はさらに、山行後に玉野市八浜に移動し、児島湖の水鳥ウォッチングも行いました。児島湖は西日本有数の渡り鳥の飛来地といわれています。したがって、結果的には今回の写真や動画の多くが野鳥になっています😊
【児島の鬼伝説】
鬼入道山(きにゅうどうやま)の山名の由来は定かではありませんが、周辺には鬼伝説が存在します。加茂神社<写真14〜18>の社伝によれば、ここは児島の人民を苦しめていた阿黒羅王(阿久良王とも)という鬼と親交のあった加茂二郎を祀ったお宮で、昔は善児宮と呼ばれていたそうです。由加山蓮台寺の伝説とは微妙に違う箇所がありますが、以下、紹介します。
桓武天皇の御代、由加山(ゆがさん)に阿黒羅王(阿久良王とも)という鬼がいて、児島の人民を苦しめていました。そこで鬼退治に派遣されたのが坂上田村麻呂です。彼は事前に金甲山(きんこうざん)麓の円通寺で必勝祈願をし、金の甲を山頂に埋めましたが、これが山名の由来とされています。
さて、鬼には東郷太郎、加茂二郎、稗田三郎という3人の子供(あるいは家来)がいました。子供は7人という説も。田村麻呂の道案内をしたのは、まず降伏した稗田三郎だとも、加茂を治めており鬼と親交のあった加茂二郎だともいわれています。鬼は最終的には改心し、死後は瑜伽(ゆが)大権現のお遣いになると言い残して征伐されました。
その鬼の首を埋めたのが鬼塚で、由加山北東の妙見山の中腹にある積み石塚がそうだとのこと。おそらく、妙見山は妙見宮のある辺りでしょう。岡山県の埋蔵文化財地図によれば、妙見宮のすぐ南東(地形図の実線の道の東側)に「古由加積石群1〜3号」があり、鎌倉から室町時代の古墓の可能性があるようです。坂上田村麻呂は平安時代初期の人物なので、時代は合致しませんが、伝説ではよくあることです。
児島には大きな勢力があり、鎮圧されたため「鬼」と呼ばれ、「悪い鬼だから退治してやった」と語り継がれているのでしょう。歴史は勝者側から語られることが多く、敗者はたいてい鬼などの悪い奴ということになっています。しかし、地元は敗者側も多く、この一帯を統治していた加茂二郎を祀った加茂神社<写真14〜18>が昔、善児宮と呼ばれていたというのは、彼の地元での評判がよかったためとも考えられます。また、鬼入道山(きにゅうどうやま)には、昔、大きな力を持った僧侶の集団がおり、降伏させられたため「鬼」と呼ばれたのかもしれません。あくまでも推測ですが、吉備国は昔から恵まれた土地でたびたび争奪戦に巻き込まれ、勝者の生み出した「鬼伝説」が残っているのではないでしょうか。
【滝城跡から鬼入道山にかけてはルートファインディングの連続】
地形図上には名称が表記されていませんが、出発点の広岡公園から少し東に進んだところに五十猛(いそたけ)神社<写真02〜05>があります。ここから土の参道を東に進むと摂社の淡島 (あわしま)神社<写真06,07>があり、ここから北西方向に延びている尾根上の金毘羅宮<写真08>の参道を辿ると、滝城跡に辿り着くことができます。主郭にはベンチとテーブルがあり、北から東方面の展望<写真09〜11>を楽しむことができました。地形図の道はここが終点ですが、北西方面にピンクテープがあり、滝城北西端の曲輪<写真13>までは普通に歩けました。
ところが、この頂上から北北西に位置する鬼入道山(きにゅうどうやま)<写真24,25>までの登山道が見つかりません。この滝城跡の北北西に位置する加茂神社<写真14〜18>までの尾根を下っていくと最短距離で済みます。いったん来た道を引き返し、荘内中学校前経由で反時計回りに地形図の破線の道を辿って鬼入道山に登るよりも、距離にするとわずか20分の1程度で済むので、アドベンチャーが好物である我々は、新たな道を切り開く開拓精神に則って、迷わず加茂神社までの尾根を下っていくことにしました。
滝城北西端の曲輪<写真13>は切岸が急で、ピンクテープもなくなりましたが、この南南西がなんとなく細道のように見えて下りやすかったので、そこから下りました。意外にもヤブはなく、木の間をどこでも歩けました。標高75m辺りで竹林になってくると、下に、矢止中(やどめなか)池<写真19>が見えてきました。連れは矢止中(やどめなか)池<写真19>から水が流れてきて渡れないかもしれないと心配していましたが、加茂神社南の祠<写真14>に出てくると、またげる幅の溝には水がなく、ちゃんと小さな橋が架かっていました。
渡って加茂神社<写真15〜18>に参拝し、カモを期待して東北東の矢止(やどめ)池までコンクリート道を歩きました。池畔の土道を歩いてみましたが、やはり生き物の気配はなく、引き返しました。
藤穴(ふじあな)池<写真22>からは地形図にはない土道が東に延びていましたが、とりあえず池の東畔を歩いて池の南に延びる地形図の実線の道へ。しかし、すぐに前方がヤブになったため、引き返し今度は池の北側へ。標高130m辺りでヤブに突っ込むと、なんとなく道らしきものが見えたのですが、足元はノイバラのようなつる性のトゲトゲだらけ😓なんとか地形図の実線の道を辿ろうと見上げた斜面に踏み跡らしきものは見えますが、どうやらトゲトゲの間をよじ登らなければならないようです。無理!
引き返す途中、連れが脚を引っかかれましたが、諦めきれず、再び池の南に延びる地形図の実線の道へ。前方はヤブですが、木を掴んで南斜面を登ると、意外にもまた木の間をどこでも歩けました。下にヤブが見えなくなってくると、下りて地形図の実線の道に合流。そこからは一部、道から逸れましたが普通に歩けました。
地形図の送電線にぶつかる辺りは分岐で、左へと進みました。北斜面を登れば鬼入道山(きにゅうどうやま)<写真24,25>が近かったのですが、やはりトゲトゲ様が待ち構えておられ、さらに上は枯れたササヤブが続いています。諦めて鉄塔巡視路を西へ。枯れたセイタカアワダチソウが体に当たりますが、かき分けずに歩けました。
標高170m辺りで鉄塔に到着。ここから道が・・・あれっ😅とりあえず、周辺の草が刈られた所を歩き、標高180m手前でいよいよヤブに突入。すぐにカラスザンショウ<写真23>が現れましたが、なんとなく踏み跡のように見えました。ここを少し過ぎた所でなぜかカラスザンショウロードとなり、狭い間を通り抜けていると、手の甲を5か所程刺されて血だらけに😫2m程ですんでよかったです。
標高185m辺りからまた木の間をどこでも歩けるようになり、すんなり鬼入道山(きにゅうどうやま)<写真24,25>に到着。展望は効きませんが、少し開けており、とりあえず血を拭いて休憩。幸い、もう止まりかけていました。血流が悪くてよかった〜😁
頂上から東尾根を下りましたが、ここも木の間をどこでも歩けました。鬼入道山に登る方の大半がこの東尾根を歩かれるようです。途中で南側に道があるのに気づいたのですが、尾根上を普通に歩けたので、標高100m辺りまでは道のない尾根上を歩きました。ここからは溝状に掘れた道で、標高90m辺りの分岐で右(南側)の道に入りました。墓地があるので道は整備されて歩きやすかったです。
痛い目には遭ったものの、久しぶりにルートファインディングを何度も強いられるアドベンチャーな山行となり、緊張感があり結果的には楽しかったです😊
【山、川、湖、生活道…至る所に出没する玉野市の野鳥】
今回のコース上では、どこを歩いても絶えず野鳥の鳴き声が聞こえました。写真や動画で紹介していますが、たまたま採餌(さいじ)タイムだったせいか、見た野鳥の多くが活発に動いていました。
その中でも特にシジュウカラがドロバチの巣をつつくシーンが印象的でした。ドロバチは泥や土で巣を作るハチです。秋までにつくられた巣の中には、ドロバチの幼虫のエサとなるイモムシなどが貯蔵されています。彼らは毒針で刺され麻酔がかけられた状態なので生きていますが、動くことができません。巣の中に卵を産みつけ終えると、穴をふさいで母蜂はその巣を去ります。あたたかい泥のなかで冬を越したドロバチの幼虫は、春になると最終的に泥の壁を食いちぎって外へ出ていくはずですが、シジュウカラは、その前に幼虫およびそのエサとなるイモムシなどの両方をゲットしようとしたのかもしれません。もっとも、穴が開いているので中はもう空っぽのような気がしますが、シジュウカラは必死でした😅そのリアルなシーンは動画でも紹介しています。
また、用水路沿いを歩いていると、セグロセキレイ、ハクセキレイ<写真34,35>、キセキレイ<写真36>が、まるで用水路が自分たちの縄張りであるかのように自由に動き回っていました。その中でもセグロセキレイは、日本においてはどこでも見られ、観察するのが容易な野鳥ですが、日本が主な生息地という世界的には珍しい鳥です。ハクセキレイの顔が白いのに対し、セグロセキレイは黒いのですぐに見分けられます。今回は、この2羽が接近して見られたので、改めてその違いを確認できよかったです。
そして、終盤には鴨川沿いを歩き、コガモの採餌(さいじ)行動<写真41>やカワセミ<写真42>を見ることができました。児島湖には、笹ヶ瀬川、倉敷川、鴨川の3つの二級河川が流入しており、その中で鴨川は主に玉野市の荘内地区から八浜地区を貫流し、ホタルやカワセミなど清流に生息する生き物がいる川としても知られています。コガモやカワセミが見られるということは、鴨川は清流で、エサとなる生き物が多い環境なのかもしれません。コガモはその名の通り、全長40cmにも満たない小さなカモです。冬になると、オスが覆面レスラー<写真41>に変身しますので、すぐに気がつきます。覆面レスラーがエサを食べるシーンはなかなか笑撃的でした。
序盤は山登りがメインでしたが、終盤は野鳥観察がメインとなりました。午後からは曇り、風が出て川沿いは寒かったのですが、ここを歩いてよかったです。
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