【へっぽこ登山】霊仙山❄️スケールがすごい❣️2025年12月6日。今畑登山口から落合への周回コース😃下山の道がめっちゃ滑って時間かかってしまった💦(いつもの事やけど)

- GPS
- 09:05
- 距離
- 9.6km
- 登り
- 834m
- 下り
- 832m
コースタイム
- 山行
- 8:06
- 休憩
- 0:59
- 合計
- 9:05
| 天候 | 晴れ時々曇り |
|---|---|
| 過去天気図(気象庁) | 2025年12月の天気図 |
| アクセス |
利用交通機関:
自家用車
|
写真
感想
昔から「霊仙山(りょうぜんざん)」は、行こう行こうと思いながら、行けてなかった山です。
行こうと思うと天気が悪く、なかなかタイミングが合わなかったのです。
しかも夏の間はヤマビル天国という情報。
冬は豪雪地帯のため気軽には登れません。
毎年、「今年も霊仙山に行けなかったね」と言い続けて、10年近くなるように思います。
私たちにとって、もう霊仙山は幻の山。
はるか遠い場所のような山になっていました。
しかし、今回思い出したように霊仙山に登ろうと決意し、ついに行動を起こすことになりました。
季節は初冬。
短い秋の紅葉が残る、まだ雪の少ない霊仙山に登りました。
カルスト地形の尖った岩が広がる、壮大な山。
ようやく登ることができたと、感動を覚えるような登山になったように思います。
さて、霊仙山の歴史はどのようなものでしょう。
この山も雨乞い信仰があり、神聖な水が湧き出る山として人々から崇められていました。
伊吹山の神さまに敗れたヤマトタケルは、霊仙山の水で一度は回復したようです。
(しかし、復活することは出来ずに命を落としました)
また山名の由来ですが、これには諸説あるようです。
近江国の出身とされる平安時代の僧「霊仙(りょうせん)」が山名になったともあります。
僧の「霊仙」は、あまり知られていない偉人なのかもしれません。
霊仙は空海や最澄と共に、遣唐使として唐の国に渡りました。
その後、空海や最澄は日本に帰国しますが、霊仙は帰国を許されませんでした。
それは唐の国の皇帝が、霊仙の知識が国外に出ることを恐れたためと言われています。
その後、経蔵、律蔵、論蔵を極めた霊仙は、僧侶の最高敬称である「三蔵法師」となります。
三蔵法師の称号を賜ったのは、これまで世界に8人だけのようで、日本人では霊仙だけだということです。
もし、霊仙が日本に帰国していたら、日本の宗教史も変わっていたのかもしれませんね。
今回の登山は想像以上に雪景色でした。
さすが豪雪地帯の山です。
カルストの岩で踏み跡が分かりにくいかなと思っていましたが、トレースがあって助かりました。
この日は風が少なくて登山日和だったと思います。
鈴鹿の名山「霊仙山」。
実際に登ってみると人気の山というのがよく分かります。
距離も標高差もあって大変でしたが、登ることができて本当に良かった〜( ´ ▽ ` )
HEPPOKO-TOZAN










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