剱岳 本峰南壁A2


- GPS
- 20:25
- 距離
- 21.7km
- 登り
- 2,476m
- 下り
- 2,481m
コースタイム
- 山行
- 3:01
- 休憩
- 0:18
- 合計
- 3:19
- 山行
- 6:42
- 休憩
- 4:12
- 合計
- 10:54
- 山行
- 5:32
- 休憩
- 0:26
- 合計
- 5:58
天候 | 1日目 くもりのち暴風雨 2日目 雨時々霧のちくもり 3日目 晴れ 4日目 霧のちくもり |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2025年09月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
バス 自家用車
ケーブルカー(ロープウェイ/リフト)
|
予約できる山小屋 |
|
写真
感想
僕の「亡霊」登山に終止符を打った山行だった。記録の前にべらぼうに長いプロローグを書いておく。
剱岳という山は多くの岳人にとって「試練と憧れ」の対象なのだろう。僕もそうだった。ただ、岳人の端くれとしての憧れの対象であると同時に、なんとなく剱には特別な思いがあった。
というのも、僕が所属していた上智大学ワンダーフォーゲル部は、大学3年次の夏休みに剱岳に登り、次の代に部の運営を委ねるのが恒例となっていた。
結論から言おう。僕たちは剱に登れなかった。登ることすら許されなかった。
僕たちの大学3年次は2020年、コロナ禍である。学生風情が世間の流れに逆らい、自由に山に行こうなど許されなかった。懸命に背伸びをしていた当時の自分は、「クライマーなら自己責任だろう」なんて思っていた。まあ、そんな事は思うだけで、諦めるしか無かった。
何だかんだ大学を卒業して、社会人になり、仲間たちが皆山から離れていくなか、僕とYちゃんだけが山に登り続けていた。
いつだったかどこだったか忘れたが、山から帰る車の中で、大学生の頃みたいな縦走登山をやり続ける彼女の事を「亡霊」だと言ったことがあった。酷いことを言ったと思う。
彼女はなぜか「亡霊」の名を気に入ったのか知らないが、「亡霊登山」なんて言いながら縦走に勤しんでいたが、いつからか清々しい顔で「亡霊は卒業した」と言い放っていた。そんなことを言い放つ彼女を見て、僕は孤独感に苛まされた。何故だろうか。分からなかった。いや、分かっていても、それを認めなかったのが正解かもしれない。
剱沢のテン場で、鍋を囲んで楽しそうに語らう学生の集団を見た。微笑ましいと同時に、ひどく羨ましく思った。
大人から揶揄いの対象になりそうな、仲間と共に同じ志を真剣に追いかけることのできる青春の日々を、僕はとても素晴らしいものだと思う。
同じ釜の飯を食い、同じ時の中で鍛え合う仲間との些細な感情の共有を、僕はとても美しいものだと思う。
目指す志の難易度なんてどうでもいいのだ。同じ志を持ち、鍋を囲んで語り合うことのできる仲間たちと共に過ごす時間が、僕は羨ましかったのかもしれない。
辿辿しい雷鳥の羽ばたきを愛おしく見つめた時。2日間辺りを覆っていた厚いガスが抜け、初めて精悍な剱岳の山容が見え、思わず感嘆の声が漏れてしまった時。星空の下にシルエットだけが浮かび上がった剱沢の圏谷に思わず圧倒されてしまった時。夕飯の八宝菜があまりにも美味しすぎて語彙力を失った時。そんな言葉で表現し難い感情の共有を、共にその場にいることで果たすことのできる仲間たちの亡霊を、僕はあの日々から何度思い浮かべたのだろうか。
剱沢の星空の下で、ふと気付いた。亡霊は俺だった。もう取り戻すことのできない、追憶と夢想の中にしか存在しない日々の中で、俺だけがまだ亡霊となって彷徨い続けている。
翌日、剱岳の山頂に立った時、胸に支えたものがスッと消えていくのがなんとなく分かった。亡霊は消えた。我が身だけがただ、山と共にあればいい。そう思った。
あの停滞した日々から5年が経った。多くの仲間たちは山からいなくなってしまった。
もう彼らとは共に山に行けないだろう。確かに取り戻すことのできない時間は惜しい。でも、それはもう、仕方の無いことなのだ。
今はただ、やりたいように山に行きたい。自分の愛するフィールドで、愛する山々をただ漂泊し、彷徨い続ける山行でもやりたいなあ、なんて思いながら、清々しい気分でハンドルを握って帰路に就いたのだった。
最後に、僕の亡霊からの卒業を見守ってくれたYちゃんに感謝を表したい。ありがとう。そしてこれからもよろしく。
以下記録
【9/20】 室堂→剱沢
肌寒い室堂から入山。Yちゃんは何度も計画が没になっているらしく、なんと8度目の正直の室堂らしい。
雷鳥沢から剱御前への登りでは、右手の斜面にクマがのそのそと歩いていた。ガチャと食糧を詰め込んだザックで肩が軋む。
剱御前小舎で小休止し、ガスに包まれた剱岳に向かって剱沢のテント場へ向かう。
吹きすさぶ強風でテントの設営に時間を要した。石を積んで風防を作り、何とか設営完了。テントに風がぶち当たり、時折猫の背伸びのような形になっているのが面白い。
次第に風は強まっていき、夜は暴風雨になった。Yちゃんのおでんを食べて就寝。一晩中物凄いテントの荒ぶり方だったが、不思議と倒壊する気はしなかった。エスパース強し。
【9/21】 停滞
この日は源次郎尾根の予定だったが、朝から天候不良で戦意喪失し、停滞を決め込む。雨があがり、剱沢小屋まで散歩しようと思ったら雨に降られたり、雷鳥の飛ぶ姿を見たり、Yちゃんの自家製チャイティーをご馳走になったりした。僕が作ったトマトチーズリゾットを食べて就寝。夜は一転穏やかだったが、寒い。
【9/22】 剱岳本峰南壁A2
3時半発で剱の山頂を目指す。剱の登山者はみんな朝が早いようだ。出発時には既に別山尾根にヘッ電の列ができていた。鹿島槍ヶ岳の肩から日が昇る光景が美しい。
順調に登り、平蔵のコルからガレ場をトラバースして、何だかんだ一番乗りでA2の取り付きに到着。ロープを結んでいたらもう1パーティー来た。どうやらこの日本峰南壁を登ったのは我々含め2パーティーだけのようだった。連休なのに意外と少ない。
(1P目) ゆりかもめリード 35m
ホールド豊富な凹角を登り、草付きの階段状斜面を上がって残置ハーケンで終了。
(2P目) JOHSONリード 50m
核心ピッチ。草付きの歩きから傾斜のあるリッジを進む。核心といってもワンポイントだけハングっぽいムーブを強いられるだけで、グイグイ登れて気持ちいいピッチだ。気持ちよくロープを伸ばして残置ハーケンが固め打ちされた小テラスでビレイ。
(3P目) ゆりかもめリード 45m
リッジの右壁を沿うように登っていく。デカいピナクルのある小ギャップで程よいピナクルにスリングを巻いてビレイ。
(4P目) JOHSONリード 55m
A2稜沿いならばどこでも登れるので、敢えて忠実にリッジの上を進んだりしながら進む。足場がいい感じの斜面でカム2本で支点構築。
あとはコンテで岩場を進んで剱の山頂へ。長すぎる前書きの通り、念願のピークである。山頂で担いできた林檎を齧って、Yちゃんと登頂を喜び合った。
有名なカニのよこばいは普通にクライミングより怖い。僕は思わずセルフビレイを取ってしまった。順調に下山し、途中剣山荘で生ビールを飲んだりしながら剱沢へ帰る。
昼寝をして辺りを散歩する。テン場からの精悍な剱岳に思わず感嘆の声を上げる。夜はYちゃんの八宝菜(絶品)を頂いて、ぐっすり眠りに就いた。
【9/23】 剱沢→奥大日岳→室堂
名残惜しいが帰らねばならない。せっかくなので奥大日岳へハイキングに行くことにする。剱御前への登り返しでYちゃんに「秋が深まったねえ」なんて声をかけたが、「そうか?」とキョトンとされた。すみません。
剱御前小舎から奥大日岳に至る稜線を歩いていくと次第にガスが抜けていく。広々とした室堂平を立山連峰が防壁のように覆う光景はなんとも壮観である。新室堂乗越に重たいザックをデポして空身で奥大日岳へ向かう。左手に室堂、右手に剱岳を拝み、気持ちいい稜線歩きだ。稜線を彩る高山植物のお花たちは萎れて、代わりにその葉が色付いてすっかり秋の様相を呈している。奥大日岳の山頂で残りの林檎を齧りながら、峻険な剱岳の山容を眺めた。
再び重いザックを背負い、雷鳥沢からヒイヒイ言いながら室堂への階段を登り返す。3日ぶりに戻ってきた室堂は、やっぱり入山時より秋がいっそう深まっていた。
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