蓼科山(大河原峠から往復)


- GPS
- 04:41
- 距離
- 5.9km
- 登り
- 485m
- 下り
- 500m
コースタイム
天候 | 曇り |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2010年10月の天気図 |
アクセス |
◆駐車場 大河原峠駐車場に駐車。 |
写真
感想
10月の体育の日がハッピーホリデーになって常にここが三連休と言うことになっているが、茅ヶ崎の小中学校は2学期制なのでここに秋休みがくっつくことになっている。小学校は2日間、中学校は10月9日の土曜日が地域交流会なのでその代休があり、14日まで休みだ。幼稚園は3学期制だからちゃんと12日からある。S子はどのみち塾がある訳だ。
先月ふとこれに気が付いて僕も2日休みを取れば、K太と2人ならば蓼科に行ける?と思いついた。M子に相談するとOK、そこで猛烈に混むだろう三連休を少し外して10月11日の月曜日から13日の水曜日の2泊3日行程で蓼科行きを計画した。
メインは蓼科山登山。どうも最近弟達がアルプスづいてるのも多少影響はあるかも。S子がやはり4年生の時に金時山に登ったが、大体倍の時間が掛かったのでそれを参考として山行計画を作った。最初は七合目から行こうかと思ったが、少しでも楽な方が好いかと考え直して大河原峠からの往復行程にした。登高標高差としては前者が600mで後者が450mと言う所だ。山行計画には3日間の行動予定と各食の手配も別紙に記した。でも最近忘れ物が多いことが気になる僕としてはチェックリストを兼ねて万全を期したいところがあった。(でも忘れてしまった物がある。)
11日、三連休の最終日には蓼科東急リゾートタウンで鹿山神社御柱祭が行われることがホームページでわかって、朝5:30に出発することとした。そしたら9:00には到着した。早いんでからまつ池の方を散歩して時間をつぶして9:45頃に御柱祭の出発点であるスキー場に向かった。
既に準備万端なのだがまだ人はまばらだった。でも早く行くと多少良いこともある。祭りのささらをそれぞれ1本ずつ貰うことが出来た。そして10:00に神事が始まり、木遣り(きやり)と曳行が始まった。ソリゲレンデの先の急坂で木落しだ。下のメインストリートに出た所で一休み。近隣の町から来てくれた人たちの踊りとかが披露される。この辺りから僕は振る舞い酒漬け。タウンセンター前で昼休みでサムシング前の駐車場で焼き鳥、フランクフルト、ポップコーンと飲み物が振る舞われた。日本酒を飲みながら周りの人たちと歓談。この日は別荘住人とホテル宿泊者が氏子になるので、話す相手も別荘の住人達が主になる。そこで蓼科のブログを書いている人とか教わった。
昼休みの後、蓼科リゾートの歩道に引き込んで冠落としの儀式をして終了となるのだが、昼で参加者が大分減ったようで重かったこと。御柱はリゾートタウン内の樹齢80年の天然カラマツ(通称テンカラ)と言うことだったが、長さ10m位で1t近いようだ。K太も結構一連の祭りを楽しんでくれた様子。今年は諏訪大社の御柱祭があり、それから順次中小神社の御柱祭が行われていくと言う。運が良かった感じ。でもこの祭りに参加したためにやっぱり本チャンの御柱祭を見たい気持ちも強まった。
12日は朝はほどほどの時間に起きて(6時のことだ)部屋で風呂に入り、ロールパンを食べて、荷物を作って7:35に車に乗り込んだ。K太は感心なことに夕べのうちに荷物を作ってた。
ピラタスの麓を通って行くと蓼科牧場行きの道が通行止め、白樺湖経由で行くことになる。蓼科牧場から夢の平林道に進み、七合目から数km走ると大河原峠に至る。アネックスから30km程で、8:23に到着した。
8:35に大河原峠を出発した。前掛山の斜面を登るが、だんだん傾斜が強くなる。前掛山の山頂域は実になだらかで湿地っぽい。どこが山頂が実際良く解らない。ここから少し緩やかに下って将軍平に着く。ここは七合目からの道と天祥原からの道とを合わせた交差点になっており蓼科山荘もある。ここに10:00に着いた。地図の所要時間で1h20mだから実に良いペース。ペースを落として登って来たのだが、そのイーブンペースにK太も全然無理なく着いて来た。前掛山で数人のパーティに先に行ってもらったが、十分計画より早い。将軍平で小休止し、蓼科山への急登に望んだ。
最初は針葉樹林の中を緩やかに進むが、すぐに大岩がごろごろする岩場になり、鎖場も2箇所程ある。K太としては先ほどの湿地帯よりも気楽なようだが、慎重に場所を選びながら登って行く。最初は僕の指示が必要だったが、慣れてくると自分で登りやすい道筋を選べるようになった。その内に森林限界を超えて周りはハイマツになりいよいよ高度感のある岩場の登りだ。残念ながら前日のような展望は望めないガス日和になってしまったが、時折風がガスを払うと佐久方面が望むことができた。
そしていよいよ蓼科山山頂へ。ヒュッテの脇で先行してたパーティのおばさん達がK太を微笑ましく見ている様子が写真に残ってた。11:00に山頂に到着した。山頂では風が強かったのでヒュッテの脇で水を飲み、チョコを食べて食事は将軍平まで降りてからとした。
将軍平に降りる途中で山頂ヒュッテの小屋番らしい人が先に降りて行った。途中でまた上がってくるのにも出会った。もう将軍平も近いところで高年層の夫婦らしい人たちが居て、奥さんは大丈夫なようだが旦那さんらしい人が非常用のアルミシートにくるまっていた。周りの人たちの会話の感じでは転倒して腕を骨折か脱臼かそんなところのようだ。本人はシートにくるまりながら「大丈夫」と割と健常な声で応えていたのでそれほどの大事故では無い様子に思えた。将軍平まで降りると遠くで救急車のサイレンが聞こえて、次に救難ヘリのプロペラ音が聞こえて来た。最初に隊員1名を降ろし、飛び去り、次にまた別のヘリが飛来して隊員を回収していった。こんな場面に出会うとは思わなかった。
ところで将軍平で昼食と考えていた。昼食は何?とK太に聞かれて「内緒」と言っていたが実はラーメンを用意していた。将軍平でザックを開き、ストーブを取り出して組み立てコッヘルに水を満たして湯を沸かすとK太は「わぁー、こんなの初めて」と喜んでくれた。で食材をザックから出しながらフォークとスプーンを探すと、無い。何回探しても、無い。銀の皿の割り箸も蓼科に持っては来ていたが、フォークとスプーンがあると信じてたのでザックには入れていなかった。
K太にすまんすまんと謝り、下に降りてから昼ご飯をどこかで食べようと言うことにした。K太はまだそんなにお腹が減ってないのでそれでOKを貰えた。やっぱり忘れ物があったんだ。帰宅後にM子にその話をしたら「フォークとスプーンならカウンターに置いてあったよ」だって。僕のボケ伝説に追記しました。
将軍平から大河原峠はほぼ下り一方なのだが、これが結構疲れる。K太もだんだんと飽いて来たし、僕は僕で湿った石に何回もスリップしかけた。こんなところで転んで怪我したら大変だ、と思って慎重に慎重にと下るのだがやけに靴の底が滑るのだ。どうもソールが年月が経って減耗しているとともに、硬くなっている感じがする。K太は卸したての靴、とは言え単なるスニーカーでとんとんと降りて行く。登りは兎も角、下りは完璧にK太に負けた感じ。登りだってあと2年もするとK太に抜かれそうだ。残るは技術だけかぁ。
兎も角、13:20に無事に大河原峠に到着した。歩行時間で言えば約4時間と言う所。K太がしっかりと歩ききったのには驚かされる。これからどんどん強くなるだろうし、楽しみでもあるが、一方でまだまだしっかりしなきゃなぁと思わされる。
大河原峠からMINIで夢の平林道を来た通りに辿っていく。かなりゆっくりめで行ったのだがK太が少し酔ったと言ったので蓼科牧場の駐車場に停めた。平日なので実に閑散としているまるで西部劇のバーのような状態のレストランでラーメンを食べた。
コメント
この記録に関連する登山ルート
この場所を通る登山ルートは、まだ登録されていません。
ルートを登録する
いいねした人
コメントを書く
ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。ヤマレコにユーザ登録する