蝶ヶ岳

- GPS
- 13:06
- 距離
- 27.4km
- 登り
- 1,300m
- 下り
- 1,316m
コースタイム
- 山行
- 7:09
- 休憩
- 0:26
- 合計
- 7:35
- 山行
- 5:20
- 休憩
- 0:27
- 合計
- 5:47
| 過去天気図(気象庁) | 2025年10月の天気図 |
|---|---|
| アクセス | |
| 予約できる山小屋 |
|
写真
感想
10月最後の新月期。麓の里が朝霧に沈むころ、私は三股(みつまた)の登山口に車を停め、ひんやりとした空気の中でザックのベルトを締め直した。夏は騒がしいこの登山口も、秋が深まると人影はまばらで、沢のせせらぎと落ち葉を踏む自分の足音だけが聞こえる。
長塀尾根に取りつくと、ブナの黄葉の天蓋が頭上を覆い、ダケカンバの白い幹がまだらに差し込む日差しを弾き返していた。標高を上げるにつれ、黄色がやがて橙(だいだい)に、橙が深い臙脂(えんじ)に変わり、風が吹くたび葉がはらはらと舞う。夏の緑では感じなかった“色の重さ”が、ザックの重量とは別の意味で肩にのしかかる。
まめうち平を過ぎると、森林限界へ向けて視界がじわじわと広がる。突然視界が開けた瞬間、白い雲海の向こうに槍ヶ岳の尖塔が突き刺さるように現れ、さらに右へ目を送れば北穂、高穂、前穂と穂高の峰々が居並んでいた。山頂ではない、まだ登っている途中だというのに、ここで既に旅の核心部に触れてしまったかのようで胸が高鳴る。
稜線に乗ると、薄く氷をまとったハイマツの葉が陽光できらきらと光る。山頂標(2,677mと刻まれている)にタッチしたのは昼過ぎ。南側に常念岳、その奥に乗鞍、北西には水晶・鷲羽、思わずぐるりと360度回ってしまう。稜線を吹き抜ける風は冷たいが、太陽はまだ高く、雲ひとつない青が視界の端まで伸びていた。
テントを張り終えるころには穂高の稜線が淡い茜色に染まり、続いて空が桃色から紫へと劇的に遷ろっていく。常念岳が雲海にぽつりと浮かび、その背後の空が真っ赤に燃えたとき、不思議なくらい周囲が静まり返った。誰もが言葉をのみ込み、ただ息をそろえて夕日のフィナーレを見守っていた。
夜、テントを一歩出ると、そこはすでに別世界だった。無風の稜線に、地平線から頭上にかけてこぼれ落ちる星の川。夏よりも澄んだ空気のおかげで天の川の濃淡が手に取るようにわかり、遠く松本市街の灯がかすかに橙色のドームをつくる。その人工の明かりでさえ、今日は静寂を際立たせる脇役にすぎない。
翌朝、薄氷で滑りやすくなった北側斜面を慎重に下る。秋の山は静かだが、その静けさは脆さの裏返しでもある。浮石を踏んでヒヤリとした瞬間、自分がどこか「秋の優しさ」に甘えていたことに気づいた。稜線に立つと時間感覚が薄れ、日常との距離がずれる。この恍惚と緊張が交わる場所こそ、私が山を好きでい続ける理由なのだと改めて思う。
下山後、沢沿いの林道を歩きながら振り返ると、蝶の羽のように広がる稜線が雲の上にそっと浮かんでいた。派手な高山植物も、夏の賑わいもない。それでも、この季節にしか味わえない色彩と静寂があり、その静寂こそが最大の贅沢だった。秋の蝶ヶ岳は“耳で聴く山”だ。風が枝を揺らす音、落ち葉が舞う音、遠くで雷鳥が羽ばたく音――目を閉じれば、あの稜線の澄んだ空気が今も鼓膜の奥に蘇る。
-------------------------
まとめ
・夏の賑わいが消え、静寂と澄んだ大気が際立つのが秋の蝶ヶ岳最大の魅力。
・日没・星空・黎明――時間帯ごとに劇的に表情を変える稜線が印象的。
・華やかな色彩の裏で、薄氷や浮石などリスクが増す季節でもあると実感。
「秋山は、静けさという名の豊かさを連れてくる」。これが今回の旅で得た一行の結論である。
ttk64
















いいねした人
コメントを書く
ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。ヤマレコにユーザ登録する