聖・赤石・荒川三山 縦走二泊三日

- GPS
- 56:00
- 距離
- 33.9km
- 登り
- 3,429m
- 下り
- 3,417m
コースタイム
着 発 備考
畑薙駐車場 8:00
聖岳登山口 9:00 9:02
経過時間→0:53
聖沢吊り橋 9:55 10:00
0:45
造林小屋跡 10:45 10:50
1:15
岩頭滝見台 12:05 12:25 昼食
0:55
聖平小屋 13:20
合計時間→3:48
7月18日/水
聖平小屋 4:50
0:50
小聖岳 5:40 5:45
0:50
前聖岳 6:35 6:50
0:40 迷い奥聖の下まで往復
前聖岳 7:30 7:30 通過
0:37
聖兎のコル 8:07 8:20
0:50
兎岳 過ぎ 9:10 9:20
0:48
中盛丸山 10:08 10:25 昼食
0:36
百間洞 11:01 11:15
0:40
百間平 11:55 12:05
0:40
標柱 12:45 12:55
0:35
赤石岳 13:30 13:50 午後食
0:47
小赤石の肩 14:37 14:52
0:33
荒川小屋 15:25
合計時間→8:26
7月19日/木
荒川小屋 4:50
1:05
荒川前岳 5:55 6:05
1:00
悪沢岳 7:05 7:34 昼食
0:42
千枚岳 8:16 8:21
0:35
駒鳥池 8:56 9:05
1:10
新道の中 10:15 10:25
0:43
岩頭見晴 11:08 11:16
0:37
椹島 11:53
合計時間→ 5:52
| 天候 | おおむね晴れ |
|---|---|
| 過去天気図(気象庁) | 2012年07月の天気図 |
| アクセス |
利用交通機関:
バス 自家用車
|
| コース状況/ 危険箇所等 |
なお、他の山行の文については こちらからどうぞ → http://963296.blog.fc2.com/ |
写真
感想
<聖・赤石・荒川三山 二泊三日で縦走>
入山
バスはがたがたの道を揺られながら畑薙湖の右岸を走る。バスといってもマイクロバスでそれもかなりの年代物だ。傷やへこみもこのバスがこれまでくぐり抜けて来た武勇伝なのだろう。それにしてもたいしたがたがた道で、この道を毎日走っていればおんぼろになるのも無理からぬ事だ。一般車通行不可とはけちくさい事を言うと思っていたが、実際に走って揺られてみるとこれは正しい方針だと感じられる。さてたっぷりの全身マッサージを受けること一時間、ようやく聖岳の登山口に着いた。ここで私一人を降ろしバスはさっさと行ってしまった。くつろぐ広場もなくがたがたの道から仄暗い山道への入り口の前に地図と看板が一つ立っている。曰く「クマ出没注意」。そういえばバスの走る一時間の間、工事関係の車と一度すれ違ったきりで後は誰とも会わなかった。誰も居ない処に一人残されて熊に注意しろといわれても困ったものだ。しかし仕方がないので仄暗く細い急坂を登り始めた。 高い檜の植林の下道をぐんぐんと登る。登るにあたっては苦しいとは言え、高揚感があってそれはそれで良いものである。しかし気になるのは熊出没注意だ。私は以前から熊を恐れるきらいがある。熊と出くわしたと仮定して、頭の中でいろいろシュミレーションしてみるとこれはどうも勝ち目がない。相手は力が強いというだけではない。走れば速い、木には登れる、水にも入れる、出くわしたら最後、逃げようがないのだ。熊の良識と善意に期待して自主的に退散してもらうほかはない。などと考えているうちにも高度をどんどん稼いでいるのだが、相変わらず人には会わない。人がよく通る道なら熊も近寄ってこないのだが、この道は人の気配が濃いとはいえない。熊よけの鈴がないことを少し後悔した。
熊が怖いと言いながら鈴や金属のカップをカランコロンならして歩かないのにはこんな理由(わけ)がある。
もう三十年以上も前のこと。槍を目指し西鎌尾根を歩いていた。夏の午後には有り勝ちな事だが、一天俄にかき曇り、激しい雷雨に襲われた。この雷がゴロゴロなどという可愛い代物ではなくて、ガシッだか、ギュワンだか何しろすごいので、尾根筋から少しはなれて岩の下に身を縮めていた。ザックは中に金属があるので財布共々少し離れた岩陰に置き山の神の静まるのを待つことにした。左俣谷を隔てて正面に笠が岳・抜戸岳の美しい稜線が見える。この稜線上に稲妻が走る。こっちの尾根にもあんな稲妻が走っているのだろうなとか、あっちの尾根でもやはり岩陰に身を潜めている登山者がいるのだろうなとか考えながら小一時間ほど待ちようやく雷もゴロゴロという可愛い音に変わって一安心と相成った。下山後、その日その時刻に笠が岳の稜線で雷に打たれ登山者が死亡したと知った。私が見ていた何本もの稲妻の一つが彼を直撃したに違いない。以来私は山に鈴もコップも持って行かないことにしたのだ。
しかし今の問題はいつ目の前に現れるかもしれない熊だ。熊は人間の気配を察すると自分から遠ざかるので、声を出し続ければよい。とは言え一人で喋りながら歩くのも妙なものだ。とりあえず「あー」と一声発して見る。声は檜の樹林に吸い込まれて行く。しばらくしてまた「あー」。声はやはり森に消えて行く。そして黙々と歩いて、また「あー」。虚しいことはなはだしい。あっ歌を歌えばよいのだ。歌なら自信がある。腹筋と有り余る肺活量を使って歌えばよい。明るくテンポのある曲で行こう。「あるう日、森のなかー・・・」いや、この曲はやめておこう。「口ぶえはーなぜー、遠くまでホニャホニャホニャ」あらこの歌知らないんだった。「いつかあーる日。山で死んだら・・」なんて選曲が下手なのだ。「箱根の山は天下の険、かんこくかんもものならず」若干歌詞の意味は不明ながらこれで行こう。日本人なら滝廉太郎だ。ようやく曲も決まり、ワンコーラスの繰り返しながらしばし歌いながら登っていると、息が切れて来た。あり余っている筈の肺活量の底が見えて来た。標高差千百mを半日で登ろうと云う時に大声で歌うなど馬鹿げている。そんな体力の余裕がどこにあるというのだ。止むを得ず「あー」方式に戻す。いい年をしたおっさんが何をしているんだという気もするが万止むを得ない。
ただただ登るばかりで標高を260m程稼いだ辺りから道は平坦になる。ぐんと楽になる。ヒグラシの声を聞く余裕まで出て来た。あちこちから聞こえるカナカナの合唱がどうかするとぷつっと途切れ静寂に戻る時がある。そこで一句
日暮らしの 声泣きやみて 我一人
我一人ならまだ良いけれど熊と二人連れなんて言うのは御免被りたいものだ。元来ここら辺りは熊さんのテリトリーなのであって、そこへお邪魔するこちらに非があるようなものだけどなるべく穏便に通してほしいものだ。
聖沢吊り橋手前で小休止。登山口から52分。まずまずのペースだ。暫時休憩し橋を渡り再び登る。またもや急坂だ。上の方から声が聞こえて来た。まずい「あー」を聞かれたかもしれない。いや聞かれたに違いない。遠くへ通る声でしっかりと発声していたのだ。熊を追い払うという点では合目的的であるが人間社会の常識に鑑みると恥ずかしさは免れない。声はどんどん近づき、やがて若い男性二人が姿を現す。がっしりとした体躯に髭面でいかにも登山家という風貌だ。何事もなかったかのように、チワースと挨拶を交わしやり過ごす。今朝聖沢小屋を出て下山しているのだろう。
造林小屋跡で5分休憩を入れ再び登る。相変わらずの急坂だが、少し樹林も疎らになりどうにかすると風が一吹き通り過ぎる。こんな瞬間に得も言われぬ幸福が感じられる。山の良さは壮大な景色であり達成感であろうが、頬に過ぎる風の一吹きと云うのもなかなかに捨てがたいものだ。
山巓の 風一吹きに 汗鎮む
時折右側の視界が開け聖沢越しに立派な山が見える。初見参だが聖岳だろう。どっしりとした重量感と存在感。昔この山域に分け入った人々がこの山を仰ぎ見て、聖と云う名を冠した気持ちが伝わって来る。
山々の 奥に座せり 聖岳
などと云っている内に聖平小屋が見えて来た。あれ、今日一日この山道で何人の人にあったろうかと振り返ると、若いひげ面二人ともう一組、計四人にしかあっていない。うーむ、とりあえず熊さんに出くわさなくてよかった。13時20分聖平小屋到着。9時過ぎにバスを降りて四時間少々かかった。
小屋の前にややむさ苦しい目の親父さんが立っている。「ご苦労さん。みつまめ食べてって。」みつまめ、なつかしい響きだがなんのこっちゃという疑念もないではない。「いやこないだヘリで食材あげたんだけど計算違いでみつまめを多くあげすぎたから、サービスで食べてもらうことにした。」小屋の営業は7月16日からだ。今日は7月17日つまり昨日から営業開始。今からそんなに大判振る舞いで良いのかとも思うが、みつまめの余剰が無くなってサービスも終わったとしても、登山者には「みつまめが食べられると聞いたから来たのに無いとはどういうことだ。」などとクレームをつける人はたぶん居ないから、サービスも後先の事は考えずその時々の都合というか思いつきで出来るのだろう。クレーム社会とも呼ぶべき今の日本では、なかなか出会えない人のぬくもりが感じられる。まだ泊まるとも何とも言ってないのだが小屋の主人は当然泊まると思っているようだ。ここから最も近い小屋に行くには4時間以上かかる。まだ日は高いが今から次の小屋まで歩くなんて人はいないだろう。山の深さ大きさの故だ。
夕食は5時30分朝食は4時30分。とても早い夕食だが明日のハードな一日に向けて早く寝てしまおう。
赤石へ
さて本日の行程は、まず聖岳に登り赤石を経て荒川小屋に泊まる。書いてしまえばこれだけだが、これがとても大変なコースだ。登山地図のコースタイムでは12時間半かかるのだが、これがただの12時間半ではない。聖へ登る標高差は800m、赤石へ登るのに700m、縦走をしている間に登り下りを繰り返し、総登り標高は2500mに及ぶのだ。
今回は聖・赤石・荒川三山を二泊三日で縦走しようというものだ。
各山小屋の位置を見ると、どう見てもこのルートを二泊三日で縦走するという事は想定していないようだ。逆コースなら少しは二日目の標高差が少なくなるが、アプローチで前泊の必要があるので、予算縮減の折こうなってしまった。根性だとか気合いだとかの精神論があまり好きではない私だがここは1つ男の辛抱の気合いの見せ所だ。と言っても誰も見てはいないのだけれど。
小屋を4時50分出立。ほの暗い樹林を抜けると急に広い高山植物帯に出て尾瀬に似た木道を歩く。ずいぶん先に一人先客が見える。昨日は登山道でほとんど人を見かけなかったが、今日はいきなりの人影で何だか心強い。足は軽く良い調子だ。すぐに追いつくだろうと思って居たがこれがなかなか距離が縮まらない。尾根筋へ出ていよいよ聖への登りになった頃に追いついた。道を譲ってくれてここからはまた一人旅となる。道の左側ちょうど目の高さの所に黒百合が一輪咲いている。今朝開いたばかりの気配だ。今朝といっても今はまだ午前五時半だからまさに今開いたばかりだ。
今朝咲ける 黒百合乙女の 息づかい
きつい登りではあるがここで音を上げるわけにはいかない。ただひたすら一歩ずつ足をあげる。どこが頂上かは見えはしないが貫禄のある大きな山容である。聖岳の大きな山容に比して一歩一歩がとても小さく思える。大変な事は最初からわかっていたのだ。わかっては居たがこの山に来なくてはいけなかったのだ。山を愛する人なら誰でも一度くらいは心に浮かぶだろう日本の三千メートル峰を全部登るという夢が完結する登山だからだ。
日本に三千メートル峰は二十三座あると記憶していた。念のため
Wikipediaで調べて見ると二十一座だという。いつのまに二つ減ったのだろう。二十三座と覚えたのはずいぶん昔の事だから長い年月の間の風雪による浸食作用で三千メートルより低くなった山が二つ、そんな訳はないか。山の数え方なんぞは難しいに違いない。一つの山は幾本もの尾根を伸ばしそのそれぞれにいくつものピークがある訳だが、そのピークは中心の山に付属するものなのか、いや独立して一家を構える山なのかの区分けを定義づけるなんて出来そうにもない。ここはWikipediaの顔を立てて二十一座としておこう。
今回の山行ではその二十一座の内、聖岳・赤石岳・荒川中岳・悪沢岳(荒川東岳)の四座に登ることになる。え、小赤石はどうしたの、荒川三山では荒川中岳と荒川東岳は入ったのに3068mの荒川前岳は落選したの、てなこと言いたくなるのだがぐっと我慢、Wikipediaの裁定に従っておくことにする。
一度はあきらめていた夢だった。学生時代はともかく職に就いてからは次第に山とも遠ざかっていった。年と共に体力に自信が無くなり、日本アルプスの中でも最も体力の必要な南アルプスの南部縦走はとても無理だと思い込み、三千メートル峰全踏覇の夢も霧散してしまった。とまぁ、どこにでもよくある話だが、去年退職してからは何だか体調も良くなった気がするので、秋の涸沢へナナカマドの紅葉を一泊で見にいこうと思い立った。上高地から涸沢なら往復の体力は不安はないし、歩いて余裕があれば奥穂高岳・前穂高岳を登り上高地へ下山しようと二段構えで涸沢に向かった。さて上高地でバスを降り歩いてみると存外歩ける。普通に歩いているつもりなのに観光客はもとより登山者もどんどん抜いて行ける。軽装快速を旨として山に登っていた二十代の頃に近い感覚だ。涸沢小屋に泊まり翌日奥穂・前穂にも滞りなく登頂した。20年降りくらいに履いた登山靴の底がはがれ落ちるというアクシデントが下山仕掛けてすぐにあり、上高地までの下りはなかなか悲惨なものではあったが、自分の足が存外衰えて無いという自身が湧いた。そこで忘れていた夢がまたむくむくと顔を出して来たのだ。
小聖で一服し聖岳についたのが6時35分。まず富士が目に入る。向きを変えれば巨大な赤石。伊那方面はどこまでも続く山また山の彼方だ。それにしてもこの赤石の大きさは何だ。威容という言葉はそれにふさわしい容姿を見ることなどなかなか叶わないものだが今目の前にある光景は十分それに値する。この広大な景観はやはり南アルプスならではのものだ。
北岳から見る間ノ岳の姿もがっしりどっしりと立派なものだが赤石はさらに急峻さを兼ね備えている。赤石は・・・、放っておくといつまでも赤石は、赤石はとうるさそうなので出発することにする。座っているとすぐに歩きたくなる性分なのだ。
広い尾根上の見晴らしの良い道を富士を間近に見ながら進む。
暁の 頂に立ち
雲海を 歩きて座せる 富士の山見ゆ
窪みに雪が残っている。小さなピークを過ぎるとぐんぐんと下る。赤石は目の前だが恐ろしく下っている。縦走では下り切ったところがコルでそこから登りになるのが常だがコルなど見えやしない。千mくらい標高を下げそうな勢いである。こんなに下るのはいくらなんでもひどいじゃ無いか、と珍しく山へ恨み言の一つも言いたくなると同時に踏み跡が妙に浅くなって来たのに気がついた。地元の低山ならともかく、これは日本アルプスの主要ルートの踏み跡ではない。ひょっとすると間違えたかもしれない。しかしいったいどこで間違えたのだろう。間違えたことは別段不思議も無い。実は私は立派な方向音痴で毎回休憩毎に地図でルートを確認しなければすぐに道を間違えるのだ。先ほど聖の上であまりに赤石に見惚れ地図の確認などすっかり忘れてしまったのだ。そこで国土地理院の二万五千図に磁石を出して前に見える尾根の形や谷の方向等を確かめる。よくしたもので方向音痴は方向音痴なりに読図力は磨かれるという僥倖がある。わかったのは先ほど小さなピークと思ったのは奥聖岳で、このまま行けば本当に千mも下ることになるということだ。聖から北西に進まねばならぬ所を北東にルートをとったための間違いだ。なぜ間違えたか、それは本日のメインディッシュの赤石が北東に見えて居たからだ。
何はともあれ先ほどぐんぐん下った道をぐんぐん上らねばならない。結構な時間と体力のロスだ。今日は今までの登山の経験で最大の高度差を稼がねばならぬ12時間半の行程だったが、好きこのんで13時間半にしてしまった。でもあの絶望的な千メートルの下り道をとらなくて良いと分かったのでほっとした気持ちもある。
前聖に戻ると、確かにあるある正しいルートが。あっち向いてほいの方角に続いている。ところがどっこい、こちらの下り道の先のコルもずいぶん下にある。次の山は兎岳といいずいぶん可愛い名前だが、聖と兎のコルまではなんと350メートルも下らねばならない。下れば登るが山の常道。聖まで800も登ったのに何も350も下らなくてもいいのになんて愚痴を言ってる暇はない。さっさと歩こう。
北アルプスでは槍から前穂までが3000m級の稜線である。聖から悪沢までの3000m級稜線はそれより遙かに長い。槍から穂高までの稜線の二倍を優に越えている。南アルプスの豪快な大きさは目でも楽しめるが、やはり自分の足で歩いて楽しむのは格別だ。多少しんどい思いは覚悟せねばならぬが。
それにしても人のいない山だ。この目に入る広大な山々を今歩いている人数はいったい何人いるんだろうか。何しろ遠くまで見渡せるが人らしき影はまるで見えない。そうこうしているうちに350メートル下り切って休憩。8時7分だ。目指す赤石は聖より107メートル高い。ということは下った分より107メートル余計に登らなくてはならないと言う計算になる。350メートルまる損をした気分になる。気分にはなるが出発だ。悲しい性だ、休んでいると歩きたくなってしまう。事前に計画していた段階では、やれ聖だ赤石だ、荒川三山だってな調子で、兎岳なんてまぁおまけみたいなものに思って居たけれど、登って見るとどうも失礼しました。立派な山であります。漸く兎岳の頂上に到着、360度山また山の素晴らしい眺望だ。振り返って見れば赤石がぐんと大きく近くなって・・・いない。ぐんとどころか仄かに近づいた気配もない。気のせいかやや小さく見える。これはどうしたことだ。また道を間違えたが。誰とも出会わなかったので確かめ様もないのだ。こんな時は地図に限る。地図を開くと磁石を出すまでもなく見てすぐにわかった。先ほど聖で道を間違えたのは、赤石の方角に歩いたからだ。正しいこのルートはあっち向いてホイに進んだ訳だから赤石には近づかないのだ。赤石の登り口に至るには小兎岳と中盛丸山の二つの小山を越えなくてはならない。いやいやどうせ小山じゃないんだ。どちらもひいこらひいこら登らなくてはならないに決まっている。それでも登りというのは明日があるというか未来があるので苦しくても納得出来るのだが、登る前に下るというのはいかがなものだろう、モチベーションを保ちにくいのだ。小兎へ150中盛へ150、併せて300メートル下る。
ええーい兎も中盛もまとめて面倒見てやるという半ばやけくそで出発。登りにかかるとさすがに疲れが出てきたが、足の筋肉は?うんまだ大丈夫。心臓と肺は?十分余力を残している。こんなところでへたって居ては今回のルートでもっとも大変な赤石の登りを克服できはしまい。今日のためにこの一ヶ月間鍛えて来たのだ。週3回程のウォーキングに毎日のランニングだ。ランニングといってもほんの1km程だし、雨と言っては休み用事があるからと休むてな調子ではあったが、まぁ一ヶ月頑張ったには違いない。年甲斐も無く頑張った効果はあった。苦しいながらも、へばる気配なく中盛に着いた。さすがの赤石も少しは近づいてくれたような気がする。本当にほんの少しだが。
出発しようかなという時に行く手から若い登山者が一人現れた。人を見るのはいつ以来だろう。初めて会ったのに懐かしい。私とはまったく逆ルート、今朝荒川小屋を発ち聖平小屋へ向かうとのこと。ここを一日で歩く人が他にも居たと思うと何だか嬉しい。逆ルートと書いたが本来この人のルートを私も先に考えていた。こちらの方が標高差が少ないからだ。でも麓で前泊しなくてはいけないので、前泊の嫌いな私は聖から荒川のルートをとった。なぜ前泊が嫌いなのかは自分でもよくわからない。後泊は平気と言うかむしろ好きなのに勝手なものだ。前泊云々は聞かなかったけれど、荒川小屋の主人が若い親切な夫婦であることや次のピークの向こうに水場があることなどを教えてくれた。お互いの検討を祈りながらの出発となる。
百間洞の山の家方向へ下る。森林限界の下で潤いのある緑に包まれた道だ。豪快な岩山もよいものだが、草や木の中を行く静かな道もまたよいものである。山の家に近づくと川がありその清澄な水に山の豊かさが感じられる。小屋を過ぎて林間の道を行くと捕虫網を持ったおじさんに出会う。いい大人が虫採り網なんてと侮ってはいけない、この網は時価一万円は下らないという代物だ。国立公園内なのでいかがなものかという気もするが、私も昔少しかじった分野なので何だこいつは!という感じにはならない。おじさん「午後から雷が来そうだな」と不吉な一言。カミナリ、うん私が山で一番怖いのは雷なのだ。昨日熊が雷を抜いて怖いもの一位に躍り出そうだったけど、やはり雷が一番なのだ。
さあ残り700の登りに集中しようという時に、午後から雷だとか。そう言われれば空が曇って来たような。とりあえず少しスピードをあげよう。といってもこれ以上スピードが上がるかはなはだ疑問である。尾根筋へ出て見ると谷からガスが吹き上げている。
一歩ずつ登る、赤石へのこの登りが今日いや今回の登山で一番きつい所だ。体力を残さず全部使ってもいいという安心感からか足は前へ前へと進む。心なしか空も明るくなって来た。数えきれぬ程の白い花黄色い花がすぐ足下から斜面一帯に広がる。時折混ざる紫やピンクの花は澄みきった空気の中でひときわ鮮やかである。ここは天国に一番近い場所なのではないかと思う。このままいつまでも赤石目指して歩くのも悪くはない。おっとっと、ちょっとクライマーズハイが入って来たかも知れない。
自分でも驚くほど疲れを感じないまま登って来たが赤石の頂上が間近に見えたら突然足がへろへろになって来た。気が緩んだに違いない。あるいは今までアドレナリンの効果で快調に登って居たのかも知れない。最後はがたがたの足取りでついに頂上に立ち四方の山を見渡した。北に塩見、南に聖、東北に悪沢と三方に大きな三千メートル峰を従えその真ん中に赤石はどっしりと座している。壮麗・豪快・清澄、この大眺望がまったく私一人の為に開かれている。深田久弥をして「私の記憶にあるあらゆる頂上の中で赤石岳のそれほど立派なものはない。」と言わしめた頂上に今立っているのである。
赤石の大眺望を見渡せば 登れる人の一人とて無し
頂上すぐ下に赤石避難小屋がある。小屋の横にお花畑があり、何だか上品な奥さんがまるで自分の庭の花を見るように花々を見て回っている。聞くと山小屋の奥さんだと言う。赤石のバッチを買う事にした。事にしたなんて白々しい言い方だが、昔から登った山のバッチを集めているのだ。買うたびにチロルハットに一つまた一つと着けていったのだが、帽子をぐると一周し上へ二段三段と進出するに至り、帽子はバッチの重みでぐにゃりとへこみ、自立出来なくなってしまった。買うことにしたのではなくて、あれば必ず買うと決まっているのだ。
「どれになさいます?」可愛いオコジョ柄のカラフルなのがいくつもあったが私の目を引いたのは無彩色のバッチ。実は私のコレクションの中で一番気にいっているのが長方形で無彩色のバッチで、北岳のものである。私は山への尊敬度が高いほどシンプルなバッチを選ぶ傾向にある。偉容とも言うべき赤石の姿をずっと見ながら登って来たのだからやはりこれだ。「この一番地味なやつ下さい。」無事気にいったバッチを手にする事が出来た。
小屋を出ると、いかにも山小屋の主人らしき風貌のおじさん、私を見て「え、走ってきたんか?」と驚いたように言う。私の出で立ちはと言うと、黒の半パンにノースフェイスのTシャツといかにも軽装で、小屋の主人は今流行(はやり)のトレイルランかと思い、まさか赤石にトレイルランなんてと驚いたようだ。いや縦走登山だと答えると
「そのノースフェイスのTシャツ、ロゴが大きいな。そんな大きいの見たことない。偽物とちがうか?」
いきなりの強烈パンチをかまして来た。さっきの奥さんが
「この人はもう、礼儀知らずですいません。」と恐縮している。別に恐縮して戴く事はない。ああ山の男の無骨さだなってなものだ。「この人こないだ、町に出て買って来たノースフェイスが偽物だったから仲間を作りたいんですよ。」
「あ、それは残念。これはノースフェイスの店で買ったからまぁ本物やねぇ。私の友達でね。アディダスの偽物のTシャツを持ってるやつがおるんですよ。こんな形のアディダスのマークが
胸の所に大きく描いてあるんだけど三本の細長い棒、
よく見ると三匹の魚になってるんやわ。それでロゴ
見たらね、ADIDASやのうてAJIDASって書いてある。あの魚は鰺やったんや。」
「粋ですね。そんな偽物なら私も欲しいぐらい。」
そんなこんなで赤石岳を13時50分出発。小赤石の肩で一服。地図で見ると後は今日泊まる荒川小屋まで一歩の登りもない、と思ったのが悪かったのだろう。歩き出すと何だかえらい。全身から疲労の湯気が立ち上って行くようだ。まぁ今日一日よく頑張ったもんな。あと少しと自分を励ましながら多少よれよれながらも15時25分荒川小屋到達。
小屋の前に木製のテーブルと椅子がある。腰を下ろして息をつこうと思っていると、いきなりおばさんに話しかけられた。
「どこから歩いて来たの?」「明日はどこ行くの?」
定番の話題ではあるが、矢継ぎ早のその勢いがすごい。
聖・赤石と来てここに至る今日の行程についてはやや自負もあるので自慢出来るかなという気持ちも有ったのだが、話してもいまいち反応が鈍い。で明日は荒川三山を越えて椹島まで行く事、最終バスが午後二時なのでそれに間に合わせなくてはいけない事を話すと突然食いついて来た。
「え、私らがそれ二日かかって登ったのに一日で行くなんてすごい。」
前を通りかかったやはりおばさん達に
「ちょっとちょっとこっちへ来て座りなよ。ねえねえ、この人すごい、私らが二日かかって来た所を一日で行くんだって。」
たちまち私は四・五人のおばさんに取り囲まれる形になった。もう少し若ければといううらみはあるが、今日一日出会った人数全部と同じくらいの人に囲まれたのは有り難い事だと思うことにする。
どうもツアーで来ている団体さんの様だ。北アルプスでは珍しくもないが、今回の山行では初めて見るツアー客だ。しかしこの山奥にまで来るツアーによく応募したものだ。
「光岳は登った?」登ったとも何とも返事をする暇もなく
「本当は光岳に行きたかったのだけど、ツアーが中止になってこちらに応募したの。」
聞くとおばさんは日本百名山を登っているのだとか。百名山のファンは多いそうだ。深田久弥氏もまさかおばちゃん達が大挙して百名山を目指すとは想像出来なかったに違いない。
宿泊の手続きをする。受付はがっしりした体躯に髭面の兄ちゃんだ。黒いTシャツには大きく悪沢岳と書いてある。悪沢岳という名称については、元来国土地理院が「東岳」と表記していたのだが、深田久弥氏は、登山黎明期の案内人の猟師の言葉による「悪沢岳」と呼ぶべしと著書である日本百名山の中で述べている。この兄ちゃんは深田氏の説に与しているようだ。今では国土地理院も多少譲歩して、地図には東岳と書きつつも括弧付きで悪沢岳と表記してある。山の頂上にはその名を記した標柱が立っているものだが、明日山頂でどう表記されているのか見るのが楽しみだ。
例により今日の出発地、明日の目的地を聞かれる。聖平小屋から来たと言うと「え、聖平から?これは健脚だ。」と言われ少し気を良くした。山ではこういう社交辞令的な如才ない物言いになかなか出くわさないので新鮮でもあった。
30代と思われる男の人に話しかけて見た。先ほどおばちゃん達に囲まれている時に小屋に着いた人だが、小さなザックに大きなカメラをぶら下げるという出で立ちでやって来たのが少し気になっていたのだ。聞くと、鹿の生態調査をしているのだとか。最近鹿が今までのテリトリーより高い所へ生息域を広げており、高山植物を食べるのだと言う。一般の登山者の入れない林道でかなり上まで車で来たので軽装だったのだそうだ。昨日熊におののきながら登ったので熊のことも聞いて見た。「このあたりではブナの生育している所までに多く見られます。私も時々見かけます。でも向こうの方が人間を怖がって逃げて行くので、いきなり正面で出会ったりしない限り大丈夫だと思います。」
うーむ、そのいきなりが怖いのだけれど。
最後の三千メートル峰
翌朝4時50分に小屋を出る。お花畑の間をぐんぐん登る。上を見ると登山道が網で遮られている。通行止めだろうか?そんな筈はない、山ではそういう大事な情報は必ず小屋の人が教えてくれるものだ。近づくとそれはビニール製の立派な網で、延々と続いている。立て札があり、鹿がこれ以上高い所に行かないために設置したとのこと。これは、昨日の兄ちゃんの仕事の一端らしい。登山者は網が開いたままにならないようにくぐって行けと書いてある。さらばとて、くぐり抜けようとするとザックが網にかかってしまった。進めないのでもどろうとするとそれも叶わない。これでは捕獲された鹿だ。数分格闘した揚げ句ようやく越える事が出来た。越えてみるとすぐそばに出入りする場所がある。どうも網と網の継ぎ目から無理矢理出たらしい。これはまずいと今出た継ぎ目をふさぐのにまた数分。
気を取り直し再びお花畑の中を登る。
先ほど出立した小屋が随分小さく下に見える。周りはお花畑が途切れがちになり岩また岩のアルペン的な様相を呈してきた。稜線にとりつくと風が強く寒い。私の出で立ちはというとやはり短パンにTシャツ一枚だ。稜線の所々に雪が見え強風が吹くこの寒さに立ち向かうには結構な軽装だ。右へ行けば荒川中岳・左へ行けば荒川前を経て荒川東岳(悪沢岳)である。今日のルートでは右へ進むのだが、荒川三山は三つとも登りたいので寄り道をして荒川前岳へ向かう。稜線までたどり着いたここからは五分の距離だ。
冷えた風の中を歩いて行くと頂上近くに人がいる。昨日は南アルプスの名峰をどれも一人締めしていたので、人影に少し驚いた。オールウェザーの上下にカメラを提げてはいるがザックは無しという出で立ちだ。きっと近くの山小屋の人だろう。すれ違いざまに「チワース」と挨拶は交わしたもののじろりと一瞥された。私のTシャツ短パン姿を見て『山をなめとるなこいつ。』と思われた様な気がする。
どうも私の服装は他人より二段階くらい薄着になる傾向がある。これは早く歩く為なるべく熱をさましながら歩きたいからだと言うことが一つあり、二つ目は短パンの方が膝が上がり易く疲れにくいという事もある。Tシャツ・短パンに限らず手袋も暑いのでなるべくつけないし、靴下も薄手のものを使う。サングラスすら暑いので嫌う傾向にある。でも下りになると基本的に長ズボンに手袋を着用し厚手の靴下を履く。下りでは躓いて手や膝をついて怪我をするおそれがあるからだ。また私は靴擦れはあまりしない性質(たち)だけれど、さすがに長い下りでは靴擦れが心配なので、厚手の靴下を履き靴紐をガチガチに締めることにしている。
風をよけるために風下にある岩陰で休憩するものの寒いのですぐ出発だ。少し下って登って荒川中岳は写真だけ撮り通り過ぎる。さていよいよ次は悪沢岳(荒川東岳)だ。この山が私にとって最後の日本の三千メートル峰だ。足下には高山植物が可憐な花を今は盛りと咲かせ、目を上げれば雲海の向こうに富士が青く浮かんでいる。やはりここは天国に一番近い場所だ。
下り切ったコルのあたりに目をやる。はっきり分からないが200メートル位の下りで済みそうだ。200というのは普通なら大変な下りなのだが、簡単に感じてしまう。どうも昨日の大胆な下り登りで感覚が少々麻痺しているらしい。
下り切っていよいよ最後の登りにかかる。苦しいとは感じていない。頂上に立てば富士がさらに美しく見えるだろうという期待と、いよいよ三千メートル峰すべてに到達だという高揚が代わる代わるに心を占める。足下にはハクサンイチゲの透き通るまでの白い花弁、そして一歩また一歩と頂上に近づいて行くのだ。これほどの幸せがあろうか。
岩道を登り続けているとやがて空が広くなる。きれいに三角形にケルンが積んである。頂上だ。
今まで歩いて来た南の南アルプスの山々、そして富士が少し大きくなって迎えてくれた。今立っているこれが最後の三千メートル峰の頂だ。十年前にはあきらめていた夢だ。五年前にはそんな夢を抱いていたことすら忘れていた。しかし目の前にあるのは現実だ。咲き乱れる花々の祝福を受け夢は達成された。
山頂には「荒川東岳」とかかれた札がたっていた。下山してから調べて見ると静岡県が立てたものらしい。
短パンを長ズボンにはきかえる。こんなことが出来るのも人の少ないこの山域ならではだ。下山に備え靴紐を締めている時に二人の登山者が現れた。二人とも50才台くらいで夫婦らしい。ちょうど三千メートル峰を全部登り終えた所だと喜びのお裾分け(と言うより押し売りに近いが)をしていると、この二人もあと四山で全部登頂だという。しかもこの山行を終えたら家へ帰らず直接仙丈岳へ登るという。すごいもんだ。年を感じさせない。いやむしろこの年代の人々が今日本で一番バイタリティーがあるのかも知れない。
「甘納豆はいかかですか。」
と勧められた。行動食として甘納豆を持ち歩いて居るのだという。甘納豆など最近ついぞ見かけない・・・と言いたい所だが、実は私も行動食として甘納豆を持って来ている。新田次郎の小説に描かれている伝説の登山家加藤文太郎が甘納豆を行動食としていつも持ち歩いて居たのを読んで真似をしているのだ。私と同年代のこの二人、やはり新田次郎の読者なのだろうか。
名残惜しいが二時までに椹島に着かなくてはならないので出発した。すぐに目の前の景観がごつごつとした岩だらけになり、荒涼としたままずっと谷となって南へ下り落ちてている。先ほどまで天国に居たのだがこの景観はむしろ地獄を連想させる。ここで悪沢岳という呼称を思い出す。東岳などという平凡な名ではなく悪沢岳と呼ぶべしという深田氏の呼びかけが心に沁みる荒々しい景観だ。
悪沢の 沢悪(わる)し 下りて 荒川となす
悪沢と荒川と言う二つの言葉はたいへんよく似た言葉だ。荒れたという言葉と悪いという言葉はどちらも今目の前に見える景観を表現するのにぴたりとした言葉だ。沢は下りて川となるのだから、今目の前に見える景観が悪沢で、悪沢を少し下れば荒川と呼ばれるのだろう、と、険悪な岩だらけのこの谷を見て思った。しかし下山して後改めて確かめて見ると、この時見た南の静岡側へ続く谷の景観は確かに悪沢岳の語源となったものだが、荒川とは荒川三山の西側、長野県側に注ぐ谷で、悪沢と荒川は別のものであった。
下山先の椹島は標高1120m、悪沢岳が3141mなので実に二千メートル以上を一気に下る事になる。靴紐はガチガチに締めた、厚手の靴下に長ズボンそして手袋と下りの出で立ちは整った。椹島の最終バスに間に合わせるべく後は一気に二千メートルを下るばかりである。可愛い姿の丸山は簡単に通過。次は今(こん)山行で最後の山となる千枚岳だ。コルから千枚への登りにかかる所が岩場になっている。岩場そのものは小さなものだが、足場から次の足場への一歩の幅が大きく、少し登りにくい。そして体の右側、南へ向けて谷が一気に切れ落ちている。万が一バランスを崩してすべり落ちたらそのまま命まで落としてしまう。慎重に慎重にスタンス・ホールドを確認しながら岩場を越えた。少し登り最後の山千枚岳に到着、明るく平和な山頂だ。暫時休憩の後出発。再び森林限界の下まで下り樹林帯の中を歩く。静かでよく整備された南アルプスの原生林の中の道だ。軽い下り傾斜も手伝って足は快調に前に進む。聞こえるのは鳥たちのさえずりと私の足音だけだ。マイナスイオンだとかフィトンチッドだとか体と心に良さそうなものが森中に満ちあふれているように感じられる。
どれぐらい歩いたろう。立て札があり新道と書いてある。さらには近道と記してある。そこで新道へ進む。今まで歩いて来た道程整地されては居ないが踏み後はしっかりしている。しっかりしていても確認の為、前から来る人に椹島へ続いているのか聞きたい所だが、先ほど二組のパーティーとすれ違って以来また誰とも会わない。不安を抱きながら植林の中を下る。地図には新道が載って居ない。現在位置が確認出来ない。尾根や谷の形が見えれば磁石と国土地理院の地図で今居る場所を知る事も出来ようが、深い樹林帯の中でそれも叶わない。バスの時刻も気になる。しかし今できるのは前へ前へと進む事だけだ。次に休憩と水の補給をする予定だった清水平へはこの道は行かないようだ。清水平へ着く時間よりもはるかに長く歩いたのだから。清水平どころかぼちぼちその次に休憩予定の小石下に着いても良い頃あいだ。
椹島へ続いて居るのか確信が持てないまま歩き続けて居ると、小さな岩場に出て「岩頭見晴」と書いて有る。これは地図に載っていた。もう椹島まで一時間もないぐらいだ。安心して一服。頭の中では最終バスが一時でその前が十二時だからよほど急げば十二時に間に合うかも知れないという考えがひらめいた。別に最終バスで良いのだけれど、大変だったこの山行も終わりが見え、安堵感と達成感が入り交じり、新たな目標「十二時に椹島に着く」に心惹かれてしまったのだ。さてここから歩き出すとそのスピードの速いこと、スピード自慢の私自身が驚くような歩みになった。前方に久々の人影、小さなガレ場だが濡れて滑りそうなのでためらって居るようだ。チワースと挨拶を交わし先にガレ場を通過。
足は軽い。高低差の厳しいこの山行もいよいよ完結しようとしている。念願であった三千メートル峰の全踏破も達成した。踏破などと言う山に対して失礼な言葉を使うのは本意ではないが今回は大目に見て戴きたい。後は勢いに任せて歩いてこの山行を完成させればよい。
椹島ロッジが見えて来た。清潔な檜の香りのするロッジへ到達。11時53分である。
蛇足
ロッジにはバスの受付があり、12時のバスに乗りたい旨を告げると12時にはバスはなく次は13時だとのこと。よく思い出すとバスの最終は14時でその前が13時だった。新道に入って不安や焦りが入り交じり何時の間にか記憶がずれてしまったようだ。
何はともあれ一時間は空白である。ロッジはまだ新しく檜のにおいに満ちている。がっしりとした木造のテーブルと椅子。大きな開口部から裏へ出る事が出来る。そこには広い芝生があり明るい陽光を浴びて所々に白樺が立っている。がっしりとした椅子にもたれかかり外の陽光に目をやる。時間がゆったりと流れて行く。
すべてを終えた満足感。清潔な白樺と芝生に降り注ぐ明るい陽光、そして檜の香りに包まれての一杯の生ビール。体中が弛緩してゆく。今まで限りなく飲んで来たビールの中で間違いなく最も旨い一杯である。
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