白馬岳(うん十年ぶりのリベンジ)

- GPS
- 30:05
- 距離
- 17.1km
- 登り
- 1,964m
- 下り
- 1,331m
コースタイム
- 山行
- 6:25
- 休憩
- 0:09
- 合計
- 6:34
| 天候 | 晴れ |
|---|---|
| 過去天気図(気象庁) | 2015年08月の天気図 |
| アクセス |
利用交通機関:
バス
栂池ロープウェー 片道1920円 栂池高原 BS 16:10発-新宿駅西口20:55着 4850円 |
| コース状況/ 危険箇所等 |
猿倉山荘の登山相談所に計画書を出しました。雪渓のルートと落石の注意がありました。 大雪渓で時折落石の音を聞きましたが、雪渓上を石が転がってくることはありませんでした。登りはチェーンスパイクで十分でした。小雪渓も安全のためチェーンスパイクをつけました。 乗鞍岳からの下りの雪田はロープに頼りすぎると滑りやすいと思います。アイゼンはなくても大丈夫かな? |
| その他周辺情報 | 栂池ロープウェーの半券で栂の湯の入浴料(700円)が100円引き |
写真
感想
学生時代に3日台風にやられて頂上宿舎のテン場で停滞、白馬山頂も登らずに下山。電車バスを乗り継いで剱沢の集合場所へ向かった苦い思い出のリベンジにやってきた。
猿倉へは深夜の直行バス。白馬尻まではなんとか順調。大雪渓も晴れて気持ち良さそうである。昔はアイゼンなんて着けて登っている人いなかったと思いながら、簡便なチェーンスパイクを付ける。チェーンは私以外一人しか見なかったが、登りに支障はなかった。雪渓歩きは涼しくていいし歩きやすい。昔はもっと右の山沿いを登って、雪渓の真ん中を夏スキーの連中が颯爽と滑って降りていき、羨ましくてモヤモヤしながら登った記憶がある。先輩たちは夏スキーの経験者ばかりだった。自分は貧乏学生でスキーなんて高嶺の花だったけれど、、、。
徐々に雪渓を登っていく。振り返ると人の列がアリンコの行列のように続いている。落石の音はそれほど聞こえないし、雪渓上を転がるところも見ていない。休みながら先を行く人を追っていくと、間も無くトラバース、ああ、雪渓が終わってしまう。なんとも残念。しかし、ここからの登りでへたってきた。小雪渓までがこんなに距離があったのだろうかというほどしんどい。何度も休む。途中、上がってきた4人組のパーティの一人の若者が「熱中症が脱水か、気分悪いです」とそばに座り込んだ。持っていたアミノバイタル4000を気休めになればと渡した。同行のリーダーが塩を舐めさせ飴を舐めたりして水分補給、少し元気になったようなのでおっさんは先を急ぐ。が、急ぐどころか休み休みで一向に前に進まない。小雪渓まできたところで傾斜にビビってチェーンスパイクを履く。雪渓を渡りきって岩陰で休んでいる女子を見て、よし今日はしんどいから白馬山頂はやーめた、明日の朝でいいや、休もうとほんの10分横になるつもりが30分近く寝込んでしまった。やっと目覚めて歩き出そうとしたら先ほどの「熱中症のパーティ」が登ってきた。元気になってよかったですねと挨拶して歩き出す。しかし、しっかり休んで回復するはずの我が脚力は一向に改善がない。ヒーヒーぜいぜい言いながらやっと見えてきた山頂や頂上宿舎が近づいてこない。頂上宿舎前のお花畑で倒れそうなのを隠しながら花の写真を撮って強がって見せようとするが、誰も気にしちゃいない。馬鹿だよなー、と思いながらそれでもやっと頂上宿舎に着いた。雪渓の沢水の水場の位置は同じだがなんだか宿舎とテン場の位置関係がよくわからない。なんか違って見えてテン場がわからない。まあ、うん十年も経てば記憶も曖昧だし、建物も変わっているかもしれぬ。
テントの受付をしようとするとテントを張って場所を確保できてからきてくれとのこと。ほうそうかとテン場に回るとテントの花盛り。張るところを探すのも一苦労である。高校山岳部の夏の合同合宿とかちあったらしい。仕方ない。しかも、わが出身県のよく知っている高校のテントが見える。残念ながらわが母校の山岳部はきていなかったが。
テントを張って、かつてのテン場と宿舎の位置関係がよくわからずウロウロした。山小屋泊禁止という馬鹿みたいなルールがあった山岳サークルで槍が降ろうが雪が降ろうがテント。緊急時以外、小屋利用禁止。馬鹿だね〜。それゆえ、おっさんは未だ小屋に泊まったことがない。その昔ここに来た時、雪渓を登ってテントを設営した後、大雨大風。小石がテントのフライを叩くほど。雨風は冷たく、ジャンケンで行く水場への水汲みは凍えるほどの苦行であった。いくつもあったテントは徐々に姿を消し、最後に残ったのは我々と九大ワンゲル部。うちのリーダーが何があろうと九大には負けられぬと言い出し、それは九大も同じだったらしい、意地の張り合い。テントの中は水に濡れザックを尻に敷いても水がしみてきて、いかに仲間といえ狭いテントに5人。些細なことや汗臭さとかで小さな諍いも行き、最悪であった。それでも狭いテント以外行き場がないのだ。
三日目の朝、気がつくと九大がテントを撤収している、それっとこちらもテントをたたみ小屋脇に避難する。九大も我々も意地の張り合いなのか、なぜか小屋の中に入らず軒先で我慢した。馬鹿だったんだね〜。その後、電車バスで室堂に向かい、剱沢で別行動の縦走パーティと合流。OBが担いで来てくれた特大のロースハムでハムステーキを食ったっけ。あの時の剱沢の夕焼け、朝焼けは綺麗だったなあ。もう、剱岳はおまけみたいなもんだった。なんてね。一端の山男みたいに思いながら、実は永遠の初心者のヘタレおっさんなのでした。
戻ってくると隣に70リットルの大きなザックを担いだいかにも山男風のオジさんがいて挨拶をした。まあ、こっちもおっさんなんだけどね。
栃木から来たS氏。5泊6日の縦走中らしい。さすがだね。ほぼ同年代らしく話が弾む。5合の日本酒を見せながら「1日1合の寝酒代わりだけど、のんじゃおうかな〜」なんてね、S氏いうんですよ。ちょうどステーキを焼くつもりでいたので半分おすそ分けしたら一杯いかがですと。おっさん実はあまり飲めないんですよ、いいじゃない少し。というわけでほんの少しもらいました。ほとんど最初の一口しか飲めないおっさんが、S氏の話し上手に乗せられて悪酔いもせずにいい気持ちにさせて貰いました。ありがたい。5合の日本酒飲んじゃいましたよ。せっかくなので丸山のあたりまで行ってみましょうよ、と誘われて少し上に行く。白馬も綺麗に見えていた。今日のうちに行っておいたほうがいいんじゃないのと言われたが、もう今日は休みモードのおっさんは明日のために体力温存だ〜、と決めてるもんね。
日暮れて風が冷たくなってきて寝袋に潜り込むことに。S氏は隣の女子高生たちを気にしている。「いやー、いびきが大きくて女の子に申し訳ないなあ」なんだ、そっちかい! なんとも楽しい御仁だった。翌朝は5時立ちらしい。おっさんはゆっくり6:30でいいやと決めている。ひょっとしたら朝会えないかもと思いながら寝る。
翌朝4:15目が覚める。周りが出発準備で忙しそうで目が覚めた。そばでS氏が朝食中。トイレに行って帰ってきて食事をしながらS氏の支度を見守る。なんだかんだで5:30位になっちゃうなあ、と。撤収中に女子高生山岳部を捕まえてカメラを渡し「おっさん一緒に撮ろう」と並ばせられた。最後に名刺をもらった。まだ縦走中でメールは届かないだろうから、しばらくしてから送ろうと思う。あの尾根から合図するからと旅立った。S氏は尾根の途中から「おっさん、剣がよく見えているよ〜」と叫んで手を振って歩いて行った。S氏頑張ってくれ、中年の星だよ、あんた!
6:30よりやや早くテン場を出発。白馬岳に登る。やった〜、うん十年ぶりのリベンジである!山頂で昨日猿倉から山口から来たという老後夫婦と再会。山口高校の登山部の顧問をなさっているという実に紳士な方でした。また会えましたね、と喜んで別れる。
三国境、小蓮華山と気持ちよい稜線歩き。ただ、人気の山で渋滞がしばしば。急な登りくだりがない分、おっさんの割と行ける。くだりモードのおっさんは行けるのである。驚いたことに、幾つかののパーティを追い越し、白馬大池へ。ここでガスってきた、残念。まあいいか。
大池を楽しみながらの後、白馬乗鞍岳への登りが大きな岩に阻まれ案外苦戦。下山モードのおっさんには一番こたえる最後の攻撃であった。
ヘタレながら天狗原の木道に降りてきて、もうすぐロープウェーで帰れるぞ、と思いきや、ここから栂池山荘までが無駄に長いこと。結構しんどかった、精神的に。行けども行けどもつかないのだ。やっとこさ栂池山荘が見えてきた時、絶対にソフトクリームを食べずにはロープウェーには乗らないぞ、と妙な意気込みでアイスクリーム売り場に向かったのであった。
お疲れ!
mamoru0121












悲願のリベンジおめでとうございます!
ヘタレおっさん、リベンジに成功しました。YouTubeのどうが見ましたよ。
やはり若いから撮りながら登れるんですね、これからもアップしてください。楽しみにしています??
ありゃ、記号が文字化けしてる。悪しからず
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